第40話 バーナード

 加工された岩や木材で建てられた商店街と住宅地は空っぽに等しく、エルマは定食屋に踏み込んだ。

 肩から滲み出る血液がどんどんシャツを赤く染めていく。

「カウンターのとこに、箱がある」

 エルマが指す方向に行き、リリィはカウンターの内側にある棚から応急道具を取り出した。

 カウンター席に座ったエルマに、肩の掠り傷に消毒液を染み込ませた綿で塗りたくる。

 エルマは眉を顰め、苦い顔を浮かべた。

「我慢してくださいね」

「分かってるっての……」

 清潔な布を当て、包帯を巻いていく。

 応急処置を終えた後、エルマは左肩の具合を確かめるように動かす。

「私、魔法も使えないので、これぐらいしかできなくて」

「別に魔法なんか使えなくても不便なことねぇよ、あんなの魔法学者とか王族共がやればいいんだ。そこらへんの奴らが使えたらマズイっての」

「はい……」

 エルマは定食屋を眺め、

「ある程度まとめて避難、できたみたいだな。おしっ、貴族共のところに行くぜ」

「お父さん……」

 不安げなリリィに肩をすくめ、エルマは立ち上がると細い手を握る。

「情けねぇ顔すんなよ、だっせぇなぁ」

「だ、ださ、そ、そんな顔してませんよ」

 ムッとなる唇。

 エルマは悪戯に笑い、

「それでいいんだっての。リリィ、オレがいるんだから不安だったら後ろにいろ。オレがバーナードと話してやるよ」

 拳を震わす。

「はい、お願いします」

 商店街通りを抜けて、開いたままの門をくぐって貴族が住まう地区へ。

 静寂が続き、王国兵がいる様子がなければ、貴族の人間もいない。

「これ、全員避難してんじゃねぇのか?」

「そうみたいですね」

 貴族の地区にある中央広場には王国を象徴する王冠をかぶった猛獣の像が飾られている。

 エルマは立ち止まって、猛獣の像に目を凝らした。

「なんだありゃ、誰か縛られてんのか?」

 頑丈な鎖で胴体を締め付けられたまま項垂れている人物。

 紺碧の礼服を着た男性で、服越しから分かる筋骨隆々な体格と絵に描いたような厳つい顔をしている。

「お父さん!」

 エルマを通り越して、像へ駆け出していくリリィ。

「おい、あぶねぇって」

 エルマは慌てて追いかける。

 近づけば、顔中が青紫に染まり目元は腫れて、出血もしていた。

「お父さん! しっかりして!」

 必死に呼びかけるリリィの声に、唸りながら顔を上げたバーナードは開かない目から涙を零す。

「リリィ、すまない……すまない、本当にすまない、許してくれ、許して」

「うるせぇ!!」

 バーナードの腹に膝蹴りをくらわしたエルマは、襟を掴んだ。

「てめぇなんでリリィを見捨てた⁉ なんで殺そうとしたんだ!! 答えろ!!」

「え、エルマさん、やめてください」

 エルマの腕に手を添えたリリィ。

「……金と新しい嫁と、王都でまた鍛造ができる条件だったんだ。すまない、本当にすまないリリィ……こんなことに、なるなんて、俺がバカだった……」

「お父さん、謝らないで。それよりどうして、こんな目に、私が生きていたから?」

 バーナードは首を強く横に振る。

「違う、違うんだ……お前のせいじゃない。俺が、俺が帝国に魂を売ったんだ……すまないリリィ、お前の母さんを、背中から射抜いたのは」

 一瞬の風を切る振動音に、エルマは反射的にリリィを後ろに下がらせた。

 血飛沫が地面に飛び散り、バーナードはだらん、と首を垂らして動かなくなる。

「お父さん!?」

 矢で射抜かれた頭。

「リリィ、見るな……下がれ」

「おとうさ、おと、うさん」

 搔き消えそうな悲鳴のように喉を震わすリリィを像から離し、エルマは矢が飛んできた場所を目で追いかける。

「どれだけ助かりたいのかしら……このクズは」

 ワンピースの上から金属の胸当てを身に着け、腰にサーベルを携える少女は、手に弓を持ち、深緑の瞳で二人を睨んだ。

 長い銀髪を後ろに結い、編み込んだ髪。

「ソフィア、てめぇが首謀か?」

 ソフィアは鼻で笑う。

「そんなわけないでしょ、下位の王族よ? 陛下が使い物にならないから、上位の王族が計画したの。私は従っているだけ……だって、アイリーンが悪魔だなんて心外だもの。クズが馬鹿なことをしなければ、こんなことにもならなかったわ」

 エルマは柄に手を添え、抜刀できる構え。

「私とエルマじゃ、どう見ても私の方が劣る。オーウェンが本気のエルマに勝てなかったんだから。エルマ、闘技場に来なさい」

 黙って睨むエルマと、悲しみに震えるリリィに微笑んだソフィアは闘技場へ促した……――。

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