第39話 散る

 不純物のない鋼に輝く刀身を水平より上に向け、エルマは城壁からすり抜ける風に赤髪のセミロングを揺らす。

 頑丈な鎧を纏うオーウェンは、ブロードソードの切っ先をエルマに向ける。

「僕も、加減しない」

「……」

 爽やかな声色に、眉を微かに動かしたエルマ。

 リリィは胸に両手を添え、ただ真っ直ぐエルマの背中を見つめる。

「リリィ、何があっても歌うなよ。これはオレとオーウェンの一騎打ちだ」

「……はい」

 頷いたリリィの返事を聞いたエルマは、つま先を踏み込みオーウェンの懐へ一気に詰め寄った。

 オーウェンは反射的に下がり、振り上げられた刀を弾くようにガントレットで防ぐ。ガントレットに一線の亀裂が入り、破片が零れる。

「っ⁉」

 薙ぎ払う刃先を刀身で受け止めたエルマは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら押し迫った。

 オーウェンは刀を横へいなし、ブロードソードを振り下ろす。

 縦一閃の斬撃を、寸前で躱したエルマは汗の玉を散らし、瞳孔は大きくオーウェンを睨んだ。

 地面へ着地することなく刃は、エルマの胴体を狙う。

 刀身を縦に構えてブロードソードの刃を受け止める。金属の擦れる音が響き、刃の欠片が飛び散った。

 エルマは受け止めたまま、片足を思い切り振り上げ、オーウェンの顔面へブーツの裏をぶつけた。

「っ……!」

 よろめくオーウェンに、エルマは容赦なく斬りかかろうと斜めから振り下ろす。

 金属同士が弾ける音。

 ブロードソードは容易く刀を受け止めていた。

「驚いた……いつの間にこんな素早く、力強く動けるようになったんだ……」

 顔面を赤く染め、鼻から血を零すオーウェンは感心するように驚いている。

「そりゃ、オレがつえぇからに決まってんだろ!!」

 圧し掛かる刀身がブロードソードの刃を欠けさせていく。

「あぁ、さすがデヴィン様の血を引く娘」

 オーウェンは険しい表情に爽やかさを残し、エルマの手を柄ごと掴んで浮かせる。

 地面に放り投げられ、エルマは刀と一緒に転がってしまう。

「エルマさん!」

 リリィの悲鳴に似た声に、エルマはすぐに立ち上がり、

「心配すんな……こんな奴、楽勝だっての」

 安心させるように呟いた。

 地面に擦れた衝撃で頬や唇から出血し、ガントレット越しに手で拭う。

「エルマ、逃げるなら今のうちだ。復讐など忘れて、今はリリィ様と一緒に遠くの地へ逃げるのが賢明だ」

 情けのような言葉に、エルマは眉を顰め鼻で笑う。

「何今更ビビってんだよ。オレはローグとの一騎打ちがある。親父の仇を討てるまで死ねるか!! リリィも死なせねぇ!!」

「……エルマ……」

「お前だっていくら王族の護衛だろうが、こんな訳の分からない命令聞いてんじゃねぇよ! リリィはなんにもしてねぇ、無害だ! なのに悪魔だかなんだか意味不明のこと言われていきなり狙われるとか、なんだよそれ!!」

 オーウェンは、寂し気にリリィを視界に映す。

「彼女の歌声は人々を狂わす。新たな火種を生む災いのようなものなんだ。王族も帝国もみな恐れている……だから消すしかない」

 ブロードソードを構えたオーウェンに、エルマは大きく息を吐き出す。

「今頃親父はあの世で呆れてるぜ……」

 刀を握りしめ、エルマは駆け出した。

 擦れあう金属の音が何度も何度も響き、玉のような汗と、刃先が一瞬触れる度に切れる皮膚と防具の破片が飛び散る。

「僕は王族の、ソフィア様の護衛! この信念、忠義、誇り、それが僕の全てだ!!」

 髪の毛も汗だくに、顔は切り傷の血で濡れ、獣のように鋭い眼光でブロードソードを振り翳した。

 エルマは振り上げる。

「甘いな、エルマ」

 振り翳したブロードソードは寸前で止まり、足を蹴り払われ、エルマは膝から崩れ落ちるように倒れてしまう。

 背中から地面に落ちたエルマは、痛みに顔を歪める。それでも離すまいと握りしめている刀。

「終わりだ、エルマ……」

 ブロードソードの剣先がエルマに襲い掛かる。

 リリィは祈ることもできず、阻止するように足を一歩踏みだす。

 エルマは上体を起こし、刀を握っている右腕を伸ばした……――。

 

 ブロードソードの刃先はエルマの肩に触れていた。食いしばる歯で腕を震わす。

 滲み出す血がシャツを濡らしてしまう。

 欠けた鎧の隙間から溢れ出る血液が刀身を濡らし、エルマの手首までつたう。

 鎧が軋み、オーウェンは呼吸を乱して後退る。

 エルマは震える腕で刀を引き抜いた。

「エルマさん!」

 リリィに支えられ、エルマはなんとか体を起こす。

「掠っただけだって……心配すんな」

 呼吸を落ち着かせつつ、エルマは苦笑い。

 両膝をついたオーウェンは胸部を押さえ、霞む視界に二人の少女を映した。

「エルマ……強くなった、な」

 安心したような微笑みを浮かべるオーウェン。

「…………だから、言ってるじゃねぇか……もとから強いんだって」

 笑うこともせず、エルマは静かに応えた。

「もっと、もっと別の形で見せてもらいたかった……リリィ様、どうか彼女を」

「……オーウェンさん……」

 リリィは頷く。

「うるせぇよ……黙ってろ」

 喉を微かに震わしているエルマは、リリィから離れ、刀を振り翳す。

「エルマ……あとは、たの」

 一呼吸、大きく整えたエルマは、覚悟を決めた精悍な顔つきに変え、刀を一振り……――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る