第38話 最後の稽古
薄明り、澄んだ空気を斬るように刃音が鳴る。
不純物のない鋼の輝きを見せる湾曲した刀身を構えて、エルマは草原を睨んだ。
一呼吸を置いて、振り上げ、振り下ろし、斜めに斬り伏せる。
シャツの上から胸や籠手といった急所だけを守る軽装鎧を装備しているエルマは、精悍な目つきを細くさせ、ふう、と刀を鞘に収めた。
「ローグ……ぜってぇ、親父の仇を討つ」
力強く、静かに覚悟を呟く。
「リリィ、行くぞ。もう休まねぇからな」
「はい」
金髪碧眼のリリィはフードを深く被り、強く頷いた。
街道が示す王都への道のりを進んでいく……――。
ブロック状の岩を並べて建てられた頑丈な城壁を目前に、紺碧の制服の下に金属の軽装鎧を着けている王国兵士が二人、サーベルを手に待ち構えている。
風が横に吹き抜け、赤髪のセミロングが揺れた。
エルマは静かに王国兵士を見つめ、リリィを背中へ。
「エルマ! 悪魔の娘を今すぐ引き渡せ!」
「……」
「引き渡せば、お前が望む復讐に手を貸してやろう」
「…………」
エルマは刀の柄を握り、ゆっくり抜刀を行い、不純物の少ない鋼の輝きが太陽の反射によってさらに輝きが増す。
反った刀身の切っ先を王国兵士に向ける。
抵抗の意思を見せるエルマに、王国兵士は怪訝な表情で肩をすくめた。
「田舎者の親繋がりで哀れみのつもりか知らないが、ソフィア様からの命令には逆らわない方がいい。一番近くにいたお前がよく分かっているだろう?」
エルマは一貫した態度で、柄を両手で少し隙間をあけて握り、切っ先の向こうにいる王国兵士を捉える。
「おい!」
「もういい、さっさと片付けよう。エルマ、悪く思うな」
サーベルを片手に構え、王国兵士は痺れと諦めを混ぜてエルマと対峙。
王国兵士二人がエルマに向かって走り出す。
リリィを少し後ろに下がらせて、エルマは一歩踏み込む。
ほぼ同時にサーベルが叩き斬るように振り下ろされようとした。僅かな差だった。
エルマは刃先を上へ振り、王国兵士二人の間を通り抜ける。
紺碧の隙間から漏れ出る血液と、逃げどころのない血液が口から漏れ出て、王国兵士二人は這うような呻き声をあげて倒れ込んだ。
城門の前に遺体が転がり、リリィは口を両手で押さえて息を呑む。
「……これでオレも王族共に殺される側になった。もう後戻りはできねぇ、行くぞ」
「は、はい、エルマさん」
城門をくぐれば、無人の街並みが広がる。
加工された岩や木で建てられた商店街と住宅地区、奥には貴族が住む地区と、王族達の城がある。
漆黒の鎧を身に着けた帝国騎士団が、寝そべるように倒れていた。
頑丈な鎧はへこみ、鎧の関節から漏れる血液が地面を塗りたくる。
「どこの国からも最強だって称賛されてた帝国騎士団が、呆気ねぇ」
エルマは真剣な眼差しで、騎士団の遺体を見下ろす。
「帝国騎士団の名のもとに!! 絶対に退かぬ!!」
帝国騎士の教えを守り抜く、男の叫びが響き渡る。
兜はどこかへ飛んでしまい、頭部を露出している男は髭をたくわえた精悍な顔つきで、ロングソードを片手に複数の王国兵士を斬り捨てていく。
「あいつ……もしかして」
「あ、あの人、ボブスさんです。カロルさんのご友人の」
リリィは目を大きくさせて、漆黒の鎧に身を包んだ男をボブスと呼んだ。
金属同士が軋み、擦れる音が響いた。
返り血を浴びたボブスの足元には王国兵士の遺体が転がる。そんななか、ボブスに立ち向かう一人の人物。
全身を重厚な鎧で包み、顔も分からない。ブロードソードを手に持っている。
エルマはその人物に顔色を苦く変えていく……。
「……オーウェン」
そっと、静かに口から名前を零す。
ボブスは雄叫びを上げてロングソードで斬りかかった。
擦れた金属音が響き渡る。
刃先が何度も弾けては何度も重なる、お互い退かない斬撃が続く。
「ローグ団長はどこだ!? 団長は何もしていない!!」
『……』
オーウェンはボブスの問いに一切答えず、重なる刃先をガントレット越しに掴み下ろし、ボブスに頭突きをくらわす。
鼻血が飛び出す勢いにも動じず、ボブスはオーウェンをタックルで払いのけて、ロングソードの切っ先を兜に引っかける。
手首を捻り上げると兜が宙に浮いた。地面に音を立てて転がる兜。
明るめの茶髪に線の細い顔立ち、が露出。爽やかさが残る険しい表情でボブスを睨む。オーウェンは怯むことなく、ロングソードの柄を弾き落とし、ボブスの手を空っぽにさせる。
ロングソードが宙を舞い、地面に落ちるのと同時にボブスは両膝をついた。
喉に手を押さえ、ボブスは項垂れるように体を停止。
動かなくなったボブスに、オーウェンは敬意を払うように会釈して、胸に手を当てる。
「……エルマ、リリィ様」
そっと顔を上げ、エルマとリリィを視界に映すオーウェン。
「オーウェン……お前もリリィを狙ってんのか?」
「ソフィア様からのご命令だ。リリィ様だけではない、エルマ、君を始末することも……」
「あぁ、そんなの知ってるよ」
ジリジリと間合いを取り、オーウェンとエルマは睨み合う。
「バーナード様なら、貴族が住まう地区で保護されています、リリィ様」
「お父さんが、ここに?」
「バーナード様は新たな伴侶と一緒に幸せに暮らしています。ですから、そっとしてあげてください」
リリィは俯き、胸に手を添える。
「……っざけんな! リリィ、バーナードを見つけたらぶん殴り決定。反論はなしだ」
エルマは刀の切っ先をオーウェンに向け、背中越しにリリィに話しかけた。
「オーウェンをぶっ倒してからな」
「……はい」
二人の反応に、オーウェンは眉を微かに下げ、寂し気に目を細める。
「エルマ、君を何百、何千回と稽古をつけてきた。そして、これが最後の、生死を賭けた稽古になる」
鮮血を浴びて輝くブロードソードを構えたオーウェン。
エルマは水平より少し上に構え、精悍な態度で一呼吸。
「あぁ、上等だ……もう加減しねぇ」
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