第37話 嵐の前に

 王都の途中にある街道沿いにあった村々は廃村のように捨てられて、無感情な風が草木、張りぼての屋根と壁の隙間を揺らす。

 日が傾いて茜色がどんどん黒寄りの青に染まっていく。

 赤い髪にセミロングの少女エルマは腰に手を添えて、息をつく。

「今日はここで休もうぜ」

 振り向けば、金髪碧眼の少女リリィ・シグナルがフードの端を掴んで、小さく頷いていた。

 白いロングワンピースに革ベルトを巻き、その上からローブを羽織る。

 シャツに胸や籠手といった急所だけを守る軽装鎧を装備しているエルマは、村の家に勝手に入っていく。

 徐々に輪郭がはっきりしてきた王都の景色。国王が住まう立派な王城と城壁がリリィの瞳に映りこみ、憂い気味に俯いた。

「おい」

 肩を軽く叩かれたリリィは目を丸くさせて、エルマに顔を向ける。

「は、はい」

「リリィ、さっきからずっと黙ってどうしたんだよ。まさか、今になって怖気づいたとか?」

 鼻で笑いながら茶化すように言う。

「い、いえ、そんなことありません」

 少しムッと口を細くさせ、リリィは首を振った。

 大丈夫です、と静かに返す。

「だったらそんな顔すんなよ、親父に会ったら訊きたいこと沢山あるんだろ? そんで、オレがぶん殴ってやる」

「そ、そこまでは、ただ無事なのか知りたいだけです。私を見捨てたことなんか別にいいんです」

 眉を下げて困ったように微笑むリリィに、エルマは肩をすくめる。

「はぁー生温い奴だなぁ。けど、邪魔しにくるようなら遠慮なくぶん殴るからな」

 握り拳をリリィに見せつけ、エルマは暴力も躊躇しないことを悪戯な笑みで伝える。自信に満ち溢れる筋肉がついた上腕と、頼れる精悍な態度に、リリィは素直に頷いた。

「はい、その時は」

 村の家に放置されたベッドと小さなリビング。

 エルマは大小異なる薪とマッチを勝手に取り出して、暖炉に薪を投げ込み、くしゃくしゃに丸まった紙に着火させて根元に置く。

 静かに煙と赤と橙に灯る薪はパチパチと弾け始める。

 暖炉の前に胡坐をかいて座るエルマに手招きされたリリィは、両膝を抱えるように座り込む。ローブを外せば細長いリボンで結んだ金髪が露わになる。

 すべての薪に燃え移った火が全身を赤く照らして、瞳に映りこむ。

「あの……エルマさんのご家族は……」

「あぁ? お袋と、ばあちゃんなら今頃どっかに避難してんじゃねぇの」

「……」

「別にぃ、急いで王都に着いたって疲れてたら殺されて終わりだ。体を休めて戦いに臨む。準備が全てだって親父がよく言ってたな……」

 静かに燃えている暖炉を眺め、エルマは懐かしく思い出す。

「ま、気にすんな、国同士のことなんて知らねぇ、オレの目的はローグを殺す。リリィは親父を探す。そんで、目的を邪魔する奴はオレがぶった斬る、それでいい、なっ!」

 眩しいほどの笑顔がリリィに向けられ、リリィは怯んだように俯く。次第に碧眼は潤み、喉を震わす。

 エルマは眉を顰めて、リリィの様子に傾げる。

「…………エルマさんは武器を自在に操って、すごく勇敢で、とても強いです。でも私は怖がって、肝心な時に、歌えなくて……エルマさんの足手まといになってるのが、辛くて」

「は、はぁ?」

「村の人を落ち着かす為に歌うよう、メイさんに言われた時も……怖くて、震えて歌うなんてできませんでした……」

 沈んでいくリリィに、エルマは軽く唸るとため息をついた。金髪をくしゃくしゃと撫でる。

「それで、いいんじゃねぇの」

 エルマはジッとリリィを見つめ、涙目を一笑。

「で、でも……」

「あーそっちの方がさ、色々といいじゃん」

「どういう意味ですか、それ」

「まぁ……色々と、お姫様ぽくてさ、こう女の子って感じでさ、守りたくなるというか……いいじゃねぇか!」

 さらに髪をくしゃくしゃに撫でられ、リリィは瞼を閉ざす。

「…………歌えば? 気が紛れるんじゃねぇの」

「え、いいんですか?!」

 エルマは両耳を塞いで頷いている。

「でも、聴いてくれないんですね」

 肩を落としたリリィは、暖炉に顔を向けた。

 すぐに耳から手を離し、エルマも暖炉を見つめる。

「オレとお前の目的が果たせたら聴いてやるよ。ま、さっきの続き、お前の歌で解決できることならオレが手伝ってやる。オレの後ろで歌えばいい、耳栓してでも守ってやるから安心しろってこと」

 真っ直ぐ精悍な横顔に、リリィは小さく熱い頬で頷いた……――。

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