第35話 再会
「あ……ぁ」
リリィは言葉がうまく出ない。恐怖で全身が固まってしまい、顔の皮膚も引き攣る。
ジリジリと寄っていく村人の男は濡れた包丁を手に、呼吸を乱しながらリリィを標的として捉えた。
「わ、悪く、思わないでくださいよ」
包丁の柄を握る手が震え、切っ先を伸ばして脅すように振る。
リリィは扉のない出入口に目線を動かし、壁に沿って逃げようとするが、目の前に包丁が横切り、壁を突き刺す。
「逃げるな!」
喉を震わせて声を荒げた村人に、リリィは臀部から床に座り込んでしまう。
フードが外れ、金髪碧眼と透明感のある肌が露出。
細長いリボンで髪を結んだポニーテールがサラサラと揺れる。
「あ……」
村人は目を丸くさせて、後ろへ慌てて下がっていく。包丁を床に落とし、金属音が店内に響いた。村人は裏口から逃げだす。
「おいリリィ、なにやってんだ? いつまで、あ?」
痺れを切らして戻ってきたエルマは、座り込んでいるリリィに怪訝な表情を浮かべた。
「あ、あの」
落ちている包丁に目が行くエルマは、眉を顰めてリリィに手を伸ばす。
「とにかく立て」
「はぃ」
リリィは消えそうな声で返事をする。エルマの手を震えながら握りしめ、ゆっくり立ち上がる。
「うぁわあ!?」
「ひゃぁ!」
同時に男の悲鳴がリリィはビクッと体を跳ねて、エルマに胸に飛びつく。
震える呼吸に青ざめる顔色、次第に涙腺からジワリと滲む透明な雫に、エルマはリリィを抱き寄せるように腰へ手を伸ばし、裏口側を睨む。
「裏口だな、行くぞ」
「は、はい……」
リリィはエルマと一緒にお店の裏へ回る。
「なにしてる? 急に飛び出したらアブナイね」
大陸の言語を片言で話すメイが不満そうに、尻もちをついている村人をジッと睨んだ。
「あ、あぁすみません、い、急いでいたもので」
「あぁ? 急いでるだって?」
両手の指を握り合わせて関節をポキボキ鳴らす不穏な音が村人の背後から迫る。
「ひぃ!」
エルマは襟を強引に掴んで自身より大きい村人を起き上がらせた。
よろけて壁にもたれた村人は体を中心へ最大限に縮めて、迫るエルマに目を逸らす。
「おーエルマとリリィ、久しぶりよ。それで何ね? 村の人に乱暴して」
状況が分からないメイは、リリィの不安そうな表情を覗く。
「こいつがリリィを襲おうとしやがった。ソフィアに命令されたんだろ!」
「ち、ちちちが! 違うんです。これは、その」
ソフィアの名前にビクッと反応した村人。
「あぁそうだ、情報を漏らしたのがバレて処刑なんかされたくねぇよな。ソフィアなら、体をバラバラにして兵の練習道具にさせるかもな、お前だけじゃない、ここにいる数少ない村人達全員をな」
太く低い声で静かに、ナイフで突き立てるように言い放つ。
「助けてください、助けてください、助けてください……どうか、どうか」
か細く情けなく、村人は膝から崩れ落ちながら懇願している。
「うるせぇ!」
ガントレット付きの拳で頬を切りつけるように、鈍い音が響いた。
壁に、鼻腔から、頬から、切れた唇から血が飛びつく。
重い攻撃に白目を剥いて村人は倒れてしまう。
「ったくソフィアの奴、どうしてもリリィを仕留めたいみたいだな。あんなに、アイリーンを尊敬してるとか言ってたのによ……」
「リリィが狙われてるのか? それは駄目ねぇ、私、いい案あるよ」
得意げな顔をしてメイは人差し指を立てる。
不安そうに肩をすくめたエルマは、続きを待つ。
「リリィが皆の前で歌えばいいね。そうすれば平和、かいけつかいけつ」
「どこがいい案だよ、そんなのしたって無駄な争いが増えるだけだっての、全員が全員腑抜けになるわけじゃねぇ。アンタもそうだし」
「ふむ、元々私、平和主義者、ね」
「てかアンタ馬車持ってんなら王都に連れていけよ」
メイは首を振って、
「ムリよー、王国に没収された、最悪よー」
自分も徒歩だと答えた。
「んだよ……くそ。おいリリィ、歩けるか?」
ずっと俯いていたリリィは、エルマの声に顔を上げ、小さく頷く。
「まぁ私も王都に行きたいね、ローグが王族共に連れ去られたよー」
呑気な言葉に、エルマは顔を険しく、リリィは目を丸くさせた。
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