第34話 一時の旅
「徒歩で王都に行くとか、意味わかんねぇよ」
エルマは赤髪のセミロングを風に揺らし、荒廃している景色に背中を向けた。
眼前に広がるのは緑いっぱいの景色。
穏やかに流れる川の橋を渡ればさらに野生の動物が住まう森と、なんとか機能している町や村が点々と見えた。
「私は、なんだか旅をしているみたいで、少し楽しいって思います」
金髪碧眼の少女リリィは、透明な素肌に微笑みを浮かべている。
細いリボンを外し、さらさらの髪は肩より下へ、ロングワンピースの上から羽織るフード付きのローブ。リリィはフードで頭部を覆い隠す。
エルマは眉を顰めて、リリィを睨んだ。
「楽しくねぇよ。こうして呑気に歩いている間にどこからか王国軍がやってきてお前を殺しにくるかもしれねぇだろ」
シャツの上から急所を守る程度の軽装鎧を身に着け、腰には形見の刀を差しているエルマは、輪郭だけが見える王都に鼻を向けた。
「す、すみません」
すぐに俯いて謝るリリィに、肩をすくめたエルマは、行くぞ、と呟いて歩き出す。
「ま、そうなったらオレがいるしな」
背中越しに聞こえた頼りがいのあるエルマのぶっきらぼうな言葉。
「……はいっ」
リリィは笑顔で頷き、エルマの後をついていく。
街道を辿って歩いていくと、穏やかな時間が流れる村があった。
木造の建物が数軒あるだけで、村人は五、六人ほど。
「はぁーちょうどいい、一息入れようぜ」
右肩を軽く回しながら村に向かうエルマ。
扉のない小さな食堂に入っていくと、村人は目を丸くさせて二人を見た。
「なんです? こんな時勢に旅です?」
「まぁな。なんかメシねぇか?」
椅子に腰かけて注文するエルマに、村人は浮かない表情で頷く。
「あるとすれば小麦のパンぐらいでして」
「なんでもいい。金は払う」
二人の前に提供されたのは平皿にぽつん、と置かれた丸く平べったい物。触れば耳たぶのように柔らかい。
エルマは眉を顰めたが、隣で大人しく食べるリリィを見て、かぶりつく。食感も柔らかく、水分が多めで無味に近い。
「……お前よく平気で食べられるな」
リリィは小首を傾げる。
「似たような物をよくお父さんが作ってくれました。水と小麦の粉だけで作れるんです。美味しいですよ?」
味について同意できず、黙って一瞬で平らげたエルマは、馬の蹄音が聞こえた外に顔を向けた。
「あぁ帝国です。食料をもってきてくださったんですよ」
村人はホッと安心したように微笑んで、エルマとリリィに説明する。
「はぁ? 帝国が? なんで」
入り口まで顔を出して外を覗くと、鉄製の荷台に窓枠と扉がついている馬車が一台、真っ赤に塗りたくらている。
翼を広げた猛禽類が斧や剣を持っている様子を描いた赤い国旗が勇ましく風に揺れていた。
荷台から食料を詰めこんだ布袋を取り出している最中。
食器を二つに重ねたリリィは村人に感謝を添えて返却し、エルマの後ろへ。
「ローグって騎士団長が指揮をしているみたいですよ」
桶に溜めた水に食器をつけて洗う村人の口から出た名前に、エルマは目の色を変えた。
「……まだ王国にいるのか?」
「えぇ、確か、王都でお偉いさん方とお話をしているとか」
リリィは唇に手を当て、気まずそうに黙り続ける。
「じゃあゆっくりしてる暇なんてねぇ、行くぞ!」
帝国軍のもとへ大股気味に向かっていくエルマ。
「え、エルマさん、お代がまだ」
「エルマ?」
村人は手を止め、帝国兵に言い寄っている背中に顔を向ける。そしてゆっくり、フードをかぶったリリィを捉えた。
「じゃあ貴女は……リリィ・シグナル」
瞳孔が震えているような、恐怖と希望で満たされそうになっている村人の声。
ゾッと震えた背中に、リリィは村人から遠ざかる為後ろへ数歩下がる。
水が溜まった桶から取り出したのは銀に輝く切れ味の鋭い包丁だった。
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