第28話 罠

 昨日の夜のこと……――。

 名前は、分からない。

 カロルはそうエルマとリリィに答えた。

「で、そいつに礼を言いたいってのか?」

 テーブルに堂々と足を組んで乗せてイスにもたれるエルマは、真っ暗な窓の外を眺める強靭な筋肉をもつカロルに訊ねる。

「あぁ、最前線でデヴィン隊長とはぐれた時に」

「その方の特徴とか分かりますか?」

「髭をたくわえ、背も高くて……負傷しているなら敵味方関係なく助ける立派な志を持った人だった。お互い生きて戦争を終えようと約束して別れたのさ」

「ふーん」

 エルマの興味なさそうな返事に、リリィは困ったように微笑んだ。







「見つけたぜ、ローグ!!」

 正午、警戒している鳥の地鳴きが響く山の中。

 漆黒の鎧に全身を包む野盗を前に、エルマは刀を向ける。

「……ローグ、だと?」

 こもった男の声は、ローグという名に反応。

「どこのガキか分からない奴がローグ団長の名を軽々しく出すな!!」

 怒りを込めたロングソードを振り翳して、エルマへ素早く振り下ろした。

 刀身で受け止めたエルマは眉を顰め、

「てめぇ、ローグじゃねぇのか! 似たような格好しやがって!」

 相手を振り払う。

 金髪碧眼のリリィはエルマの後ろで戸惑い、蹴り飛ばされてしまった古びた魔法書を探している。

「リリィ、危ないから離れな!」

 カロルに他の仲間のところへ行くよう引っ張られたリリィは、よろけながら後方にいる仲間達のもとへ。

 鋭く音もないままロングソードの斬撃に、エルマは刀で弾きながら後ろへ下がっていく。

「エルマ!」

 エルマの背後は何もない崖。踵に重心がかかれば土はボロボロと崩れ、埋まっている岩が緩んだようにぐらつく。

「残念だったな、ガキ」

 斜めから振り下ろされた刃。

「クソが! エセ野郎!!」

 エルマは斜めから刀を振り上げた。

 鋭い音が響く。

「エルマさんが!」

 助けようと飛び出すリリィに、仲間達は危ないと動きを止める。

「お嬢ちゃん、武器もないのに危険だぞ。それに、安心しろこっちにはリーダーがいる」

 困惑するリリィの横を飛び出していく人影は、

「残念なのはそっちだよ!」

 男に向かって叫んだ。

 肩から勢いよく体当たりをかましたのは、カロルだった。

 漆黒の鎧だろうが関係なく、強靭な肉体から伝わる衝撃に男はよろける。

 同じくよろけてしまったエルマは片足が崖の外へ。

 背中に手を回して内側へと引き寄せたカロルにより、エルマは勢いよく前転しながらリリィの前へ。

 心配して腰を屈んだリリィは、髪を掻くエルマを介抱。

「くそぉ……乱暴すぎる。けど、なんとか助かった。マジで落ちるかと思ったぜ」

 冷や冷やした、と肩をすくめるエルマに、リリィは安堵の笑みを浮かべる。

「く、くそ、こんな奴らに殺されてたまるか!」

 追い詰められた野盗の一人は、落ちている古びた魔法書を掴んだ。

「危ない、魔法を使う気だ! 逃げろ!」

 仲間の掛け声に、自警団員は土を這うか、木々に隠れるなどして魔法を回避しようとする。

 破れかけのページがめくられたのと同時に、カロルのサーベルが兜を弾いた。

 兜は引っ掛かり、外れて、崖の下へと落ちていく。

 カロルは疑うように、男の顔を見てしまう。

 真っ白な閃光が周囲に放たれ、景色が見えなくなった。


 砲撃の弾が落ちたような衝撃音。

 野盗のアジトがあった岩の洞窟が崩れ、地面が抉れてしまう。

 周囲にまで影響が及んだ爆風。

「くそ……ソフィアの野郎……」

 エルマは耳を押さえて、歪めながら顔を上げた。

「か、カロルはどこだ?」

 隠れて避難していた仲間達はリーダーのカロルを探す。

「おいリリィ、無事か?」

 隣にいるリリィに声をかけるが、返事はない。

 眉を顰め、隣に顔を向けると、リリィの姿はなかった。

「リリィ? リリィ!!」

 叫んで辺りを見回すが、どこにもいない。

 刀を鞘に戻し、エルマは立ち上がって崖の近くまで寄っていく。

「くそっ!!」

 崖を見下ろし、苦い表情を浮かべて、髪をぐしゃぐしゃにかき乱した……――。

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