第27話 漆黒の鎧を持つ者

 正午、町の自警団と、エルマ、リリィは山里にある野盗のアジトに向かう。

 元王国兵のカロルが率いる屈強な自警団と共に、エルマとリリィは真ん中を歩く。

「山の洞窟が根城、数は確認できたので八人ぐらい。少数だけど、全員戦争を経験している奴らだ。十分に気を付けるんだよ」

 カロルは全員に声をかけた。

 みんなが指示を聞き、頷く。

 エルマは形見の刀を手に、リリィはボロボロな魔法書を抱え、頷く。

 薄っすら焦げた茶色の先端が揺れる草と、剥げて繊維が剥きだした状態の木々。何度も踏み潰されてできた土が露出した道を辿る。

「カロルは、親父の部隊で戦ってたのか?」

「そう。デヴィン隊長の豪快さに惹かれて王国兵に志願したからね、諦めない大切さを教えてくれた最も尊敬に値する人さ」

「へへぇ、やっぱり親父は凄いだろ」

 無邪気な笑みを隣のリリィに見せつけた。

「はい! 諦めない力、とても素敵です」

 力強く頷いて、青い瞳はエルマに微笑んだ。

「だから、あの一騎打ちは……デヴィン隊長の全身全霊だったろうね、最期まで食らいついたあの姿は一生忘れないよ」

 目を細くさせたカロルの懐かしむ眼差し。エルマはその背中に俯き、握り拳を震わせた。

「……帝国騎士団ローグ……なぁ、ローグを見なかったか?」

「数日前に仲間が帝国騎士団と外国の女が乗る馬車を見かけたみたいだね。まさか、ローグに一騎打ちを挑むつもり?」

 信じられないと振り向いたカロルに、エルマは顔を上げて、

「当たり前だ。この手で仇を取る!」

 強く言い放つ。

 カロルは怪訝な表情から、次第に呆れるように微笑んだ。

「止めてもやるんだろうね。いいね、悪くないよ、デヴィン隊長の遺志そのものだ……隊長もきっと喜んでいる。その為に、今回の野盗掃討、皆で生きて帰るんだよ」

「あぁ!」




「ボブス、ボブス!」

 洞窟に反響する男の声。

「うるさいぞ、聞こえている。こんな昼間になんだ?」

 金属の軋む音が響き、こもった男の声が返事をする。

「あの町の自警団がこっちに向かってる。あいつら殺しにきやがった。逃げるか? 数じゃ俺らが不利だ」

「逃げる、だと……帝国騎士にそんな選択肢はない!」

「野盗に帝国騎士の教えなんか役に立つかよ、悪いけど俺は」

 鈍い音と同時に肉が引き裂かれ、暗い洞窟に赤い液が付着する粘りのある音が響いた。

 ざわつく他の男達。

「逃走は死! 立ち向かうは生! 帝国騎士の誇りにかけて迎え撃つ!!」


 


 草木を揺らす風が騒がしく、警戒するような鳥の地鳴き。

 カロルは皮膚にまとわりつく空気に足を止めた。

「……気付いたようだね、向こうは迎え撃つはず、武器を抜きな。ここからは殺し合いさ、リリィ、アンタは特に気を付けるんだよ」

「はい!」

 エルマの背中に隠れ、魔法書を抱えて頷いたリリィ。

 周囲を警戒しながら、山の洞窟に向かうと、真っ暗な空洞から這うように流れている赤黒い血液が土や岩を濡らすのが見えた。

「まだ新しいな」

 エルマは鮮血に眉を顰める。

「仲間割れかい? それにアジトなのにやけに静かだ」

「カロル! 囲まれている!!」

 真っ赤に染められた軽装鎧を身に着ける野盗が五人、ジリジリと迫りながらロングソードを構えて、エルマとリリィ、自警団を囲んだ。

「リリィ、オレから離れるな!」

「は、はい!」

「相手は全員元帝国兵、油断するんじゃないよ!!」

 エルマに向かって斜めに斬りかかる野盗のロングソードを刀身でいなし、崩れて前のめりによろけた背中に切っ先、刃先を通して斬り払う。

 手を引っ張られたリリィは躓きながらもエルマの背中へ。

 リリィを覆う黒い影……――。

「なんだ?!」

 エルマはすぐに気配に気づいたが、振り返ると同時に金属の籠手で刀ごと弾かれてしまう。

「てめぇ!!」

 漆黒の鎧に全身を包み、表情すら分からない異様な空気を纏う存在。

 刀を離すまいと握り、リリィの手を引きながら後ろへ下がった。その拍子に魔法書がリリィの手から落ちてしまう。

「……」

 落ちた魔法書を蹴り飛ばし、自警団と野盗が戦っている足元へ乱雑に着地。

「あ、ま、魔法書が」

「そんなのどうでもいいっての! それより……探したぜ!! ローグ!!」

 ロングソードを鞘から抜いて二人の前に立ち塞がる巨大な存在に向かって、エルマは憎い名前を叫んだ……――。

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