第26話 カロル

「なんだそのボロい本」

 王国の馬車の荷台に座るエルマは、赤い髪を風に揺らしながら向かい合って座るリリィに訊ねる。

 リリィの手には表紙の文字も掠れた古い本。

「ソフィア様から貴重な魔法書を頂きました。危ない時に使うようにと」

「あいつが? なーんか怪しいな……」

「怪しい、ですか?」

 怪訝な表情を浮かべるエルマは腕を組み、魔法書を睨む。

「王族のくせに戦うのが好きで、しかも冷酷な奴だからな。てか、オレがいるんだからそんなボロ本いらねぇよ。リリィ、お前はオレの近くにいればいい、な!」

 自信たっぷりな笑みを浮かべるエルマに、リリィは少し遅れて微笑んだ。

「はい。エルマさんがいれば大丈夫ですね」

「おう!」

 リリィはキョロキョロ、と馬車の周囲を見回す。

「あの、ところでオーウェンさんは、同行されないんですか?」

 オーウェン、その名前に口角が思いきり下がったエルマ。

「王族の護衛部隊だから、ソフィアのとこにいないと意味ねぇ。いたらいたでお前が困るだろ……」

「え、あ、そうですね。すみません」

 腕を擦り、リリィは肩を震わせて頷く。

「それにうるせぇし、剣士の教えがどうとか、動きがどうとか、王国の未来がどう、最後はアイリーンと親父のことばっかだ。あんなのずっと聞いてたら死んじまうっての」

 苦い表情を浮かべたエルマの愚痴に、リリィは微笑。

「仲良いんですね」

 目を逸らし、頬杖をついたエルマ。

「うるせぇ……オーウェンの話なんかどうでもいい」

「それじゃあ、エルマさんのお父さんの話聞かせてください。強い剣士以外に、どんな人だったんですか?」

「いっつも腹減らして、ばあちゃんと母親が店してる定食屋のメシを食って、寝てたな。あーそれと、大英雄アイリーンの愚痴」

「お母さんの、愚痴ですか」

 首を傾げ、リリィは続きを待つ。

「あいつは余裕な顔して笑ってばかりで、大した訓練もしてないのに、なんで強いんだ、ってな」

「……す、すごい人、なんですね」

「あぁ、リリィこそ覚えてないのかよ」

 寂し気に笑みを浮かべたリリィは、魔法書を抱きしめて俯いた。

「歌だけです、覚えてるのは。真似して歌うと頭を撫でて褒めてくれました」

「ふぅん……あの大英雄が歌をねぇ」

「愛の詩を教えてくれました。その歴史も、王都で覚えたそうです」

「歌うなよ」

「は、はい」

 二人の会話を聞き流しながら、手綱を握る御者はニコニコと西へと向かう。



 西の方角にある山里に到着する頃には日が落ちていた。辺りに明かりはなく、馬車の荷台に吊るしてあるカンテラの中で揺れる炎だけ。

 エルマが最初に降りて、リリィに手を差し伸べた。

「ありがとうございます。エルマさん」

 感謝をしながらエルマの手を掴んで、ゆっくり降りる。

 真っ黒に跡形もなく崩れている家ばかり、夜と同化して、目を凝らさないと分からない。

 唯一明かりが灯っている建物は新しく、二階建ての木造。

 エルマは扉を強めに叩く。

 少し待つと、中の明かりが漏れて、女が顔を出した。

「誰? 何者?」

 睨むようにエルマとリリィを視界に映す女。背が高く、茶髪を後ろに束ねて、身体は筋肉質。

「なにって、ソフィアに紹介されて野盗掃討の依頼で来た。オレはエルマ、こっちはリリィ」

「エルマ……あぁ、デヴィン隊長の! そうそう依頼してたんだよね。遠くからわざわざありがとう。さぁ入って、私はカロル」

 筋のある腕で二人を中へ案内。

 中に入ると、屈強な男女がテーブルを囲んで食事を摂っている最中だった。特に気にする素振りもなく、和気藹々としている。

「ここに座って」

 少し離れたテーブル席に誘導され、二人は並んで腰掛けた。

「さて、エルマ、それとリリィ、えーと他には?」

「他は馬車にいる王都兵だけ。野盗ぐらいオレ一人でも楽勝だからな」

 カロルは肩をすくめて頷く。

「そんなところまでデヴィン隊長にそっくり。野盗とはいえ、元は帝国兵、十分手強いから油断しないように。戦争が終わり、クビになって野盗にまで成り下がった奴らがこの一帯は多い。幸いなことに、この町は戦争の被害を免れたはずだったんだけど」

 窓から黒焦げの建物を覗いたカロルは溜息を吐き出す。

「野盗共がこの町を襲った……私の故郷だったんだ、ここは。私も兵をクビになり、帰ってきたら親も友人も殺された……追い払うだけで精一杯でね」

「上等、オレが野盗共をぶっ殺してやる!」

 勢いよく握り拳を震わせて、声を張り上げたエルマに、カロルはにこやかに頷いた。

「頼もしい限り。明日の正午にアジトを叩くから、よろしく。リリィは魔法?」

「いいえ、何も。私は父を探していまして、エルマさんと一緒に」

「そう、じゃあ危険だからここにいた方がいい。残り組の奴らと一緒に」

「いや、リリィはオレと一緒だ。オレがリリィを守るから、気にすんな」

「本気? 相手は野盗、どんな手段も使う奴らなんだから、こちらに不利なのは」

「だから不利にさせねぇ。オレとリリィには目的がある」

 眉を顰めたカロルは大きく息を吐き出して、テーブルから離れていく。

「……好きにしなさい。だけど、責任は取らないよ」

「あぁ」

「部屋は二階にあるから、そこを使って。ちょっと、二人に夕食を」

 カロルは仲間たちに声をかけ、二人に食事と寝る場所を提供した。

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