第22話 夢の先

「ありがとうございました、え、えと」

 大人しい声で感謝を零すルーイは、デヴィンに頭を下げた。

「別に、なんもしてねぇよ」

「彼はデヴィンです。すみません、ぶらっきらぼうで」

 代わりに紹介するローグ。

「……デヴィンさん」

 にっこり微笑むルーイに、デヴィンは眉を顰めて逸らす。

 店内に座っている客は匙を握る手を止めて、一つのテーブルに注目していた。

 柔らかな金髪を後ろに結んで、束ねた毛先を編み込んで垂らす髪型。目立たない高い鼻と、尖った顎、青い瞳はテーブルに並んだご馳走を映す。

 蒸し焼き定食を一人で食べているアイリーンがいた。

 礼儀もマナーも知らないアイリーンは食べたいものを食べ、腹を満たすことだけ優先している。

「おい、それ俺のメシだ!」

 デヴィンは慌ててアイリーンのもとへ。

「あのうるさい奴のおかげで助かったよ。アンタも王都にいるならいつでもおいで」

 店主の女性は笑顔を浮かべた。

「はい、ありがとうございます。デヴィンにも伝えておきます」

 ローグは頭を下げ、食事を奪い合うテーブル席に戻る。

「それで、アイリーン。陛下はなんて?」

「うん」

 一度口に入った食事を飲み込んだ。アイリーンは、

「デヴィンとローグの実力も知りたいってさ。それで良かったら兵に迎えてくれる」

 にっこりと答える。

「マジかよ。俺が、兵になれんの? そ、それで俺とローグで戦えって?」

 ムスッとしていた表情から口元を押さえて声を震わす。

「ううん、王国の精鋭部隊と戦うんだって。試合形式で」

「……」

 ローグは俯く。背負うバスタードソードよりも重い表情で、目を細くさせた。

「おいおい精鋭部隊って強い奴らなんだろ? マジでわくわくするじゃねぇか。な、ローグ」

「……」

「おい、ローグ!」

 肩が傾くほどの強さで叩かれ、ローグは目を丸くさせる。

「あ、あぁ」

「なんだよ、また弱気になってんじゃねぇだろうな?」

 ローグは小さく笑みを浮かべて、首を振る。

「まさか」

「ま、楽勝だよ、きっと」

 蒸し焼きの魚を頬張るアイリーンは、ローグに微笑む。励まされているような、余裕のような表情に、ローグは目を逸らして微笑み返した。

 三人は、王族が用意した部屋へ。

 ローグとデヴィンは同室、アイリーンは別の部屋。

 ふかふかの大きなベッドに転がるデヴィンに、

「ただの村人が、王国兵士になれるチャンスが来るなんてな」

 声をかけた。

「チャンスってもんじゃねぇよ。俺達は武力の帝国って呼ばれる奴らと相手して勝ってんだ。もう約束されたもんだって」

 はしゃぐデヴィンの声色。

 ローグは背負っていたバスタードソードを手に持ち、浮かない表情。柄と鞘を握りしめて腕を震わす。

「……そうだな、デヴィンの、言う通りだ」

 振り絞りながら呟く。

「だろだろ、弱気になるんじゃねぇ。ローグ、明日の朝、ちょっと広場で付き合えよ」

「試合前に稽古か? そういう時は精神集中や身体を休めて臨んだ方が」

「そんなの木刀振りながらでもできるじゃねぇか。体が鈍ったまま試合なんかできるかよ」

 肩をすくめたローグは小さく何度か頷いた。

「まぁ、そうかもな。少し、風に当たってくる」

 バスタードソードを背負いなおし、ローグは部屋から出ると、有名な画家の絵画や、装飾用の剣が飾られた通路を進む。

 すれ違う度に笑顔で挨拶を交わす給仕に戸惑いながら、挨拶を返し、慣れない景色を歩いた。

 建物の中央にある小さな噴水。四方向に繋がる石畳の真ん中に設置されている。

 管理された緑の植物に、ローグは目を細めた。

「よっ、ローグ。なにしてんの?」

 背中を軽く叩かれ、一瞬肩を震わせてしまう。

 振り返れば、金髪碧眼のアイリーンが片手をひらひらと振っている。

「アイリーン、びっくりした……」

「ごめんごめん、部屋に行ったらデヴィンは爆睡してるし、ローグの姿もないから」

「そうか、いや、緑が懐かしいなって思っただけ。林に囲まれて、熊とか鹿とか、つい数日前のことなのにな、懐かしいんだ。アイリーンこそ、どうした?」

「ちょっとテキトーに散策。それで、せっかく念願の兵になれるのに、村に戻りたいの?」

 未来を見据えたような青い瞳に、ローグは俯く。

「あぁ、村を建て直したい。村長達が守ってきたあの村を」

 農具で抵抗していた村人の最期が脳裏にこびりついて離れないローグは寂し気に呟いた。

「それも兵になって活躍すれば、すぐにできるよ。ローグ、私は三人揃って」

「アイリーン」

 アイリーンの肩に手を添え、苦く微笑む。

「なんというかここは、別世界みたいだ。きっとアイリーンやデヴィンには眩しい、夢が叶う場所だろう。でも、その、俺は、そうは見えなくて……」

 不思議そうに首を傾げている。その様子に、ローグはただ小さく頷いた。

「二人に勝てたことなんてなかった。そんな奴が兵士になっても誰一人守れやしない……守りたいのにな」

「……」

「明日の朝、デヴィンと手合わせをしてやってほしい」

 アイリーンは眉を下げて微笑む。

「それが、ローグの思う道なんだね」

「あぁ、すまない」

「ううん。それじゃローグ、私達が有名になって帰ってこれるように、待っててよ。お土産話とかたくさん持って帰るから」

 明るく、将来を眩しく語るアイリーンの笑顔に、ローグはつられて笑顔になる。

「そうだな。楽しみにしてる」

「あと、デヴィンに怒られるのも覚悟しなよ」

「あぁ……そうする」

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