第23話 帝国へ
ローグはバスタードソードを背負い、王都の街を進んでいた。貴族や王族が住む地区から商店街の通りを歩く。閉店している建物の壁に掛けられた、ゆらゆらと辺りを照らす松明と、王国を示す王冠をかぶった猛獣が描かれた旗。
「……」
岩を削り、加工された素材で建てられた堅牢な王城を見上げた。頂上で揺れる王国の旗に目を細くさせて、溜息と共に背を向ける。
「おい、おい、兄ちゃん」
小さな声で誰かを呼ぶ声。ローグは足を止めて周りに目を向けてみるが、誰もいない。
気のせいか、そう思いながらローグはまた足を動かそうと前へ。
「ワシだ、ローグ」
真正面に突如現れた茶色の帽子をかぶった男に、ローグはバスタードの柄を握り締めた。
両手を前に出した男は、狡猾な目つきで睨んでくる。
「貴方は……野盗の時の……」
「おぉっと待て待て、ワシは戦いに来たわけではない。村が焼かれたことは辛いだろう。だが、こんなところで争うつもりなんてないぞ」
「貴方も帝国の人間なのか?」
強張っていく表情を抑え、冷静さを保ちながら問いかけた。
「ただの放浪人。それで、だ、ローグ、お前さんを見込んで頼みたいことがある」
「……」
「そう険しい顔をするな。なに、簡単なことだ。王都の裏にいる王国兵にな手紙を渡してやってほしい」
「俺が、する理由は?」
「ある。ワシは放浪の身、相手にされん。ローグ、お前さんは違う。王国兵に信頼されとるからな」
ローグの胸に便箋を押し付ける。王冠をかぶった猛獣が描かれているスタンプで封蝋されていた。
「俺は、貴方を信用できない」
「信用してもらわなくても構わん。だが、ここだけの話」
男は誰もいないのを確認してから、ローグの耳元へ。
「王は、あの襲撃を最初から知っていた。なのに、放置したのさ」
囁かれた言葉に、ローグは首を振って二、三歩後ろに下がる。
「そんな、また嘘を」
「嘘ではない……真実を知りたきゃ、いくらでも教えてやる。その手紙を王国兵に渡したらな、ほれ」
ローグは、ゆっくりと便箋を掴んだ。
「よし、成立だ。報酬は払う。いいか、王都の裏、外側で門番をしている王国兵にだぞ」
男はそう言って、闇に消えていく。
ローグは王都の外へ。
「ローグさん、こんな夜更けにどうされました?」
「ど、ども。村に戻ろうかと。王族の方には伝えありますので、すみません」
戸惑いながら門番の兵と会話を交わし、ローグは便箋を手に外の馬小屋に向かう。
「ローグ様、明日の朝でも十分間に合うかと思いますが」
心配そうに声をかけた給仕の女性は、大人しい漆黒の牡馬の手綱をローグに預ける。
「いえ、友人に怒られるのはちょっと。俺のことはご心配なく」
微笑んで答えると、給仕の女性は優しく頷く。
「そうですか、夜は獣が活発で、野盗も潜んでいる可能性があります。お気を付けください」
「ありがとう」
ローグは馬に跨り、給仕の女性に見送られながら王都を発つ。
ある程度進んだ後、遠回りに王都の裏側へと回り込んだ。
畑や果樹園がある街道を走らせていると、微かに煌々とした明かりが見えてきた。
牡馬を草原に寄せて、逃げないようロープを木に結んだ。
ローグは徒歩で、裏側の門にいる王国兵に近づいていく。
「すみません」
「待て、何者だ?」
暗闇から現れたローグを警戒するように睨んだ。ジッと睨みつけた後、松明に照らされたローグの姿を見て、すぐに警戒を解く。
「……ローグさんか、王都から出ると伝達は来てましたが、忘れ物ですか?」
「いえ、頼まれごとで。ここは王都の裏門?」
「いいえ、ここはいわゆる牢屋ですよ。それで、頼まれごととは?」
ローグは軽く頷き、手に持っている便箋を王国兵に差し出した。
「王族の方から、手紙を渡すように頼まれてきました」
それを聞いた王国兵は急いで便箋を受け取り、
「……確かに。ありがとうございます。至急確認を急げ」
少し眉を顰めながら、奥にいる王国兵士に渡す。
ローグは軽い挨拶を済まし、牡馬のもとへ戻る。
「よぉし、さすが兄ちゃん、冷静に、ヘマをせず、何事もなくできたな」
牡馬を愛撫するようにさする茶色の帽子をかぶった男に、ローグは目を丸くさせた。
「あの手紙は、一体、なんです?」
「大事な手紙に決まっとるだろ……すぐに分かる。それよりも、王国はお前さんらの村や周辺の町を見捨てた、その理由を知りたいか?」
「……信じられない。遅れたとはいえ、軍は駆け付けてくれた」
「地方の兵にまで伝えるわけがないだろうに。煙に気付いて拠点兵が駆け付けただけだ。王国の要は王都と近くの港。そこに兵を集中させて、田舎の村や町には兵をよこさず近隣の自警団に任せる……王は国民を捨てたのさ」
ローグは口角を下げ、小さく唸る。
「ローグ……お前さん、復讐をしろとはいわん。壊れた村に戻ったところで帝国兵に八つ裂きにされて終わり。無駄死にをするより、どうだ、帝国に行かんか?」
「帝国に?」
「帝国兵に志願せんでいい、もうじき王国は火の海になる。落ち着くまで、帝国で身を潜める方がいいぞってことだ。お前さんのような腕っぷしが必要な仕事もたくさんある。どうだ?」
振り返れば、忙しく動き回る王国兵と大きな荷台がついた馬車の輪郭が見えた。
「時間がないぞ、あの馬車が出る前に決めろ」
「あの馬車が……?」
「さぁ!」
男は突然駆け出した。
ローグは戸惑いながらも、男の背中を追いかけた……――。
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