第21話 定食屋の出来事
ローグは腕を組んで、王都を眺めた。
林と野生の獣しかいない景色とは大違いに華やかで、加工した石材と木材で造られた家がたくさん並び、商店街、住宅街、王族が暮らす地区、貴族が暮らす地区と分けられている。
商店街から王城を見上げるローグとデヴィン。
赤髪を後ろに撫で上げているデヴィンは、風に靡く王国の旗に軽い舌打ちをする。
「あのクソ野郎、まだ生きてるってよ」
苛立ちを抑えた声で呟いた。
「多分、アイリーンは手加減したんだろうな」
ローグは俯き、そう答える。
「なんでだよ、くそっ!」
「落ち着けデヴィン。布告なしで仕掛けてきたリカルドから情報を聞き出す為かもしれない。アイリーンは、俺達と見ている世界が違う」
新調した鞘に収まったバスタードソードを眺めたローグは苦い表情で、周囲を見回す。
王国軍が次々と大砲や武器の準備に走り回っていた。
不安げな住民達があちこちで噂をしている。
「俺達だって帝国と戦ったのに、アイリーンだけ王族に歓迎されるなんて納得できねぇ!」
止まらないデヴィンの不満に、苦笑する。
「俺は、逃げただけだから……アイリーンは、帝国の部隊長を倒して、リカルドっていう重要人物を捕らえた。凄い功績だよ。しかも前に熊から王族を助けたんだ。そりゃアイリーンに飛びつく」
「あぁくそ!!」
「ちょっと、うるさいよ!」
窓から女性の怒声が聞こえた。
「はぁ?!」
興奮しているデヴィンは誰に対しても怒りで返す。その様子にローグは手で制止する。
窓から身を乗り出したのは二人を睨む中年の女性。短い黒髪に頭巾をかぶっている。
「お客さんが逃げるでしょ、お願いだから静かにしてちょうだい」
「すみません」
謝るローグに、
「けっ、いい子ちゃんかよ」
気に入らない素振りで呟く。
「デヴィン……軍からゴールドをもらっただろ? それで食べに行こう。落ち着かないと」
「……好きにしろ」
「ありがとう。お詫びも兼ねて、店に入ろう」
ローグはデヴィンを連れて、女性が営む定食屋に入る。
カウンターとテーブル席が小さな定食屋に収まり、既に数人ほどカウンターに座っている。
木の柱とセメントの壁、天井に吊るされたランタンの中で揺れる温かい火が店内を照らす。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃい、あんたらさっきの。騒ぐのはごめんだよ」
中年の女性の睨みに、デヴィンは口角を思いきり下げた。手で制止するローグは頷く。
「えぇ、もちろん」
「そう、ならいいわ。ルーイ、お客さんを案内してあげて」
「はい」
ルーイと呼ばれた若い女性が二人を店内へ。黒髪のおさげで、店主と同じく頭巾をかぶり、エプロンをしている。
テーブル席についた二人に、
「外から来られたんですか?」
ルーイは大人しい声で訊ねた。
「えぇ、ずっと遠くの村から」
ムスッとしたデヴィンに苦笑いを浮かべながら、ローグは優しく答える。
「遠くの? もしかして、帝国の奇襲に遭った地域ですか?」
「はい、軍に助けられまして、長閑でいいところだったんですが……助かったのは俺と彼と、もう一人の友人ぐらいですね」
「す、すみません、お辛いことを思い出させて」
ルーイは悲し気に俯く。
「いえ。王都なんて初めて来たので、少しは」
「おい、食べに来たんだろ」
腕を組み、指先で上腕を叩くデヴィンは苛立ちを抑えながらローグに声をかける。
「あぁ……すまない。えと、何かおススメとかありますか?」
「は、はい。えと、魚の蒸し焼き定食です」
「じゃあそれで、デヴィンもそれでいいか?」
デヴィンは何も言わず、目も合わせない。
「二人分、お願いします」
「かしこまりました」
ルーイが立ち去った後、
「デヴィン、食事の時ぐらい穏やかでもいいだろ? アイリーンにもそんな態度見せるつもりか?」
デヴィンの態度について、軽くローグは注意をした。
「……」
返事はなく、肩をすくめて食事を待つ。
「いらっしゃい、いつものね」
入ってきた常連客は手を挙げて挨拶をして、反対側のテーブル席につく。
王冠をかぶった猛獣が描かれた紺碧の礼服を着ている王国兵が二人。
「田舎者の小娘がいきなりやってきたな」
「あぁでも綺麗な女だぜ……見惚れる。兵に志願してるらしいぞ」
「綺麗だろうが女は女、戦いの邪魔だろ」
「そうだよなぁ女が兵士になるなんて聞いたことねぇよ」
ルーイはグラスに注いだ果物の香りが漂う濁った紫の飲料を王国兵のもとへ。
急ぎ過ぎたのか、ルーイは躓いてしまう。グラスから零れた飲料は兵士の礼服に染みをつくる。
「おいっルーイ、何やってんだ!」
立ち上がった兵士は店内に怒声を響かせた。
「も、申し訳ありません。すぐに拭きます」
「拭けばいいもんじゃない、これは国を象徴する礼服なんだぞ! 弁償だ、弁償!!」
「すまないね、すぐに弁償するわ。私の教育不足よ」
カウンターから慌てて出てきた店主は兵士に頭を下げる。
「いいや、弁償はルーイがしろ! どうせ、相手なんかいないだろ?」
王国兵士はジロジロと睨みながらルーイの体を観察。
「え、えと」
「もうメシはいい、ちょっと借りるぜ」
兵士はルーイの手首を乱暴に掴む。
「なにすんだい?!」
「なにって、体で払ってもらうに決まってるだろ」
「そんな……」
騒ぐ店内、組んだ上腕を指先で叩き続けていたデヴィンは席から立ち上がる。
「デヴィン?」
ローグは怪訝な表情を浮かべ、デヴィンの様子を見守った。
迷わずに反対側のテーブルに向かい、兵士とルーイの間に割り込んだ。
鋭い眼光で、デヴィンより背が低い兵士を睨みつけた。
「あ、な、なんだ?」
テーブルに置かれたグラスを掴み、デヴィンは紫の飲料を兵士の頭に思いきりかぶせる。
大雨のようにずぶ濡れ、思わず首を振って後退る兵士。
「お、おぃいぃぃ、お前、何を!?」
「そんな真っ青な服、多少かぶっても分かんねぇよ。うるせぇし、腹減って苛ついてんだ……」
静かな口調で続ける。
「他にも客がいんだ、店内はお静かにだって、よぉ!!」
空のグラスをテーブルに叩きつけた。
グラスにヒビが入り、デヴィンが手を離せば、グラスは形を失い破片となって割れてしまう。
「あ、ここにいたんだ? お待たせ、ローグ、デヴィン!」
ローグは頭を抱えて、定食屋の扉から呑気に入ってきた金髪碧眼のアイリーンを迎える。
静まり返る店内、王国兵二人は行き場を失い、逃げるようにアイリーンの横を通り過ぎていく。
「あれ?」
アイリーンは首を傾げ、ローグは再び苦笑いを浮かべた……――。
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