第20話 無常
「こんな娘ごときにぃ?」
顔面が歪むほど歯を食いしばるリカルドは、感情も見せないほど静かに立っているアイリーンを睨んだ。
「……屈強な帝国が逃げる真似など。はやくやれ!」
跪いている帝国兵に指示をするも、青ざめて冷や汗もかいて動かない。
「で、ですが」
「嫌なら貴様を、この私が斬り捨ててもいいが?」
レイピアの鋭く尖った切っ先を帝国兵の眉間に近づける。
「……は、はっ」
帝国兵は震えながら返事をした。
満足気に頷いて、レイピアを収めたリカルド。
「てめぇ、それでも部隊を指揮する人間かよ!」
傷だらけのデヴィンは我慢できないとばかりにリカルドに食って掛かる。
「なんだ単細胞。兵は戦うのが当然、逃げるなんて恥じゃないか。戦って死ぬ、最高の名誉だろう?」
鼻で笑うリカルドに、デヴィンは顔を真っ赤にして身を乗り出していく。
「デヴィン、やめろって」
デヴィンを止めること以外できないローグは、眉を下げ俯いて呟いた。
「さっきから弱いこと言ってんじゃねぇ!! お前はなんにも思わねぇのか?! 村を焼かれて、村長たちも殺されたんだ!!」
「はははっはあぁ! そうやって仲間割れでもしていればいいさ。さぁほら、やれ……って」
リカルドは先程までいたはずの帝国兵がいなくなったことに気付く。腕を組んでジッとリカルドを見つめているアイリーンだけがいた。
「あの臆病者がぁああ。おい小娘、何故逃がした!」
眉間に皺を寄せて喉を怒りに震わす。
「さぁね、貴方なんかの為に命を捨てたくないとか?」
どうでもよさそうに、アイリーンは曲刀のサーベルをゆっくりと抜く。
リカルドは小さく何度か頷き、息を吐き出す。
「いいだろう、帝国騎士団リカルドが直々に相手をしてやろうじゃないか」
レイピアをもう一度抜き、切っ先をアイリーンに向けて囲むように歩き出す。
にやにや、と口角を動かすリカルド。
「抵抗するつもりなしかい? このままだと串刺しだねぇ」
「……」
黙り込むアイリーンは、サーベルの動きを確認するように手首を捻らす。
ただ足を動かしているだけのリカルドに、肩をすくめた。
「ははぁッ!!」
笑いが混じる掛け声と突撃するレイピアが、背後へ身体を捻ったアイリーンに襲い掛かる。
リカルドの口角は上がったまま、徐々に目は大きく、目線は上に動いていく。
何回転もして、土を軽く掘って落下。
目線を戻せば、アイリーンはサーベルを振り上げていた。
アイリーンは容赦なく、一言も発することなくリカルドの胸へ斜めに振り下ろした。
土を濡らす小さな冷たい液体と真っ赤な飛沫。
ローグは空を見上げる。太陽を隠す灰色の雲と、火を消すように降り注ぐ雨。
リカルドは裂けた皮製の防具と、皮膚に手を覆い仰向けに倒れていく。
仰ぐ横顔を濡らす赤。それを洗い流しているアイリーンの、細くなる目と微かに開いた唇。ローグの視界にその姿だけが映る。
「王国軍の旗だ。なんだよ、今頃来やがって……」
デヴィンの苛立ちがローグの隣で聞こえる。
王国の旗が靡く。王冠をかぶった猛獣が描かれている旗と、馬に跨り行進している王国軍の部隊が、燃えている村の先に見えた……――。
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