第19話 勇ましい者

 ローグは燃え盛る森を駆け抜ける。

 火の粉が熊や鹿を襲い、必死に消そうと身体を地面や木に擦りつけている。

「デヴィン! 村長!」

 ローグは叫びながら村に向かい、囲う柵は燃えて形を崩す。

 鍬や斧を握りしめて息絶えている村人達。

「村長?!」

 バスタードソードを握りしめた、大柄の男が村の真ん中に倒れていた。

 ローグは駆け寄り、村長の背中に手を回し、上体を起こす。

「村長、何があったんですか!? 今すぐ町の病院へ」

 腹部の皮膚が裂け、今も出血している村長は、震える手でバスタードソードをローグへ。

「…………ローグ……この剣を」

「そ、村長! しっかりしてください!!」

「憎むな……守る為に、振れ」

 バスタードソードが、村長の手から離れていく。落とさないよう、ローグは柄を受け取る。

 胸の中で息を引き取る村長を地面に下ろし、だらんと垂れた両手を胸に添えさせた。

「な、なぜ、こんなことに、デヴィンは、どこに」

 燃え盛る村を見回してもデヴィンの姿はない。

「生き残りがいるぞ!」

 真っ赤な色で染めた皮製の軽装鎧を身に着けた人物が数人。

 翼を広げた猛禽類が斧や剣を持っている様子が描かれた紋章が胸に縫い付けられている。腰にはロングソード。

「て、帝国兵……」

 ローグはバスタードソードを両手に抱えて、逃げ道を探りながら走り出す。

「逃がすな! 矢を射れ!」

 弓に矢を番えた帝国兵。

「ふざけんなっ!!」

 怒りに満ち溢れた大声が、焼けた村に響き渡る。その声にローグは振り返った。

 赤髪のデヴィンが身体中に切り傷と打撲をつくり、瓦礫の隙間から飛び出し、弓兵に飛びかかる。

「まだ生きてたのか?!」

 木刀で弓兵を叩き潰すデヴィンだが、木刀は真ん中からへし折れてしまう。

 帝国兵はロングソードを抜き、デヴィンの背中に斬りかかる。

「デヴィン! 危ない!!」

 ローグの呼びかけにデヴィンは一瞬目を合わせたが、何も言わずに背後からの攻撃を躱す。

 帝国兵の手首を掴んで、振り下ろす剣を再び上へ押しのける。

 蹴り飛ばして剣を奪い、倒れた帝国兵の胸に突き刺した。

 底を這うような悲鳴がどんどん小さくなっていき、抵抗していた手足も動かなくなる。

 同様に斬りかかる残りの帝国兵を容易に斬り払い。デヴィンはふらつきながら、ローグに近づいていく。

「無事で良かった……一体なにがあったんだ?」

 すぐに戻ってデヴィンの肩に触れる。

「……いきなり、帝国共が火を放ちやがった。それから、村に大勢の兵が、押し寄せてきた。悪い、守れなかった……」

 喉を震わすデヴィンは自らを責めた。

「デヴィン、とにかく、今はここから離れよう。アイリーンと合流して、先のことを」

 振り絞るようにローグは話しかけ、デヴィンの腕を肩に回して歩く補助をする。

「なんということか!!」

 火が弾ける音と一緒に、頭声が響いた。

 青みのある長髪に、血染めのように真っ赤な帝国の礼服を身に着けた男が現れる。

 刺突に特化したレイピアと呼ばれる両刃の片手剣を腰に差し、嘆くように頭を抱えた。

「こんな田舎者に我が兵が負けるとは……」

 ゆっくり首を振り、溜息を吐く。

 デヴィンは舌打ちをして、ローグを押しのけて男のもとへ。

「で、デヴィン、よせ」

「てめぇが燃やしたのか?! こんな、小さい村を、なんでだ!!」

「やれやれ、とんだ単細胞だな。これだから田舎者は、大人しく焼け死んだ方が楽だったというのに」

「てめぇ!!」

「デヴィン、やめるんだ……!」

 ローグは感情を抑えるように、声を震わせてデヴィンの腕を引っ張る。

「お友達の方が賢いようだね。戦争は始まっているんだよ、呑気な王国共にサプライズさ。仲間と合流するまでは、捕虜として来てもらおうか。囮にしてもいいな」

 鼻で笑う男に、ローグは唇を噛んだ。

「リカルド様!」

 名前を叫びながら、顔面蒼白の帝国兵がふらふらとした足取りで走ってきた。

「おぉ、ヴィガンの兵か。向こうも終わったのか?」

「……ヴィガン隊長が……討ち取られました」

 リカルドは眉を顰め、跪く帝国兵を見下ろす。

「どういうことだぁ」

 低い声を響かせた。

「お、青い目をした金髪の女に」

「女だとぉ?」 

 ローグとデヴィンはお互い目を合わせて、微かに表情が綻ぶ。

 土を蹴り、山道を駆け抜ける蹄の音。馬の嘶きが響き渡る。

 一斉に視線は音が聴こえる方向に集まった。

 茂みを抜けて現れたのは、炎を前に驚き前脚を高く揺らす馬。

 バランスを保ち、軽々と馬から飛び降りたのは皮製の胸当てを身に着けた金髪碧眼のアイリーン。

 サーベルを腰に差し、ただ静かに前を睨んでいた……――。

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