第18話 開戦
「あぁ、女ぁ?」
合流したアイリーンを訝しげに睨んだ男達。不信感と不満を口々に言う。
金髪碧眼、尖った顎と目立たない高い鼻をもつアイリーンは、
「私はアイリーン。よろしくね」
特に何も気にすることなく簡単な自己紹介をした。
少し遅れて合流したローグが慌てて間に入る。
「遅れてすみません、俺はローグです。彼女は村一番の凄腕なんです。熊やそこらへんの野盗を一人で片付けているぐらいに」
ローグの説明に男達は数秒ほど置いて、クスクスと控えめに笑いだす。
「老人と乳飲み子しかいない村かよ、お前もなっさけねぇなぁ、見かけ倒しの体か?」
茶化す男達に、ローグは眉を下げて軽く笑う。
アイリーンは肩をすくめて、
「今から野盗掃討でしょ? リーダーは誰?」
一〇人の男を見回す。
「ワシだ」
茶色の帽子をかぶった細身の男がアイリーンの前へ。ロングソードを腰に差し、急所を守る防具は身に着けていない。無精ひげを生やし、狡猾な目つき。
数秒見つめた後、アイリーンはリーダーを名乗る男に頷いた。
「よろしく、作戦は?」
「野盗は日中隠れ家で寝ている。そこに押しかけて、一人も残さず殺す。奴らの逃げ道となる経路も全て塞ぐ」
「野盗は何人いるの?」
「……確認できたのは九人。野盗の頭はヴィガンという帝国人、元帝国兵で、戦地から逃げた臆病者だ。だが多くの女子供を平気で殺す冷酷さもある。色仕掛けなんて通用しない」
「よし、それじゃ行きましょ」
アイリーンは小さく笑みを浮かべた。
不満げな表情を浮かべた男達の後ろをアイリーンとローグはついていく。
「なんか、不安になってきたな……」
リーダーを先頭に山道を進む列。ローグは呟いた。
「そう?」
「馬鹿にされてる。これじゃまともに戦わせてもらえないかも」
弱音に、アイリーンは軽くローグの背中を何度か叩く。
「いいじゃない、活躍さえすればみんな手の平返し。噂も広まって夢に一歩前進。最高でしょ」
自信に満ち溢れた笑顔を前に、ローグは釣られて笑顔になる。
「アイリーン、だったな、お前はこの道で待機しろ」
リーダーの指示に頷いたアイリーン。
「ローグ、お前さんは反対側を塞げ」
「はい。じゃあ後で、アイリーン」
「うん、また後で」
お互いの手を叩き、ローグは反対側へと身を屈んで進む。
『全く、なんで女なんかと』
『さぁ、村の男が頼りねぇんだろうな』
そんな声がローグの耳に届く。
小さな溜息を零すのと同時に、サーベルの柄を握る手に力が入る。
古く寂れた山の洞窟、見張り番のような野盗がいるが、座り込んだまま腕を組んで居眠りをしている。
ローグはその様子を細い獣しか通らないような場所から覗き込んだ。
リーダーはロングソードで、見張りの野盗を容赦なく斬り捨てた。悲鳴は聞こえない、血飛沫が飛び散り、見張り番はゆっくりと寝そべる。
「よし、かかれ」
リーダーの合図と共に剣を抜き、男達は洞窟の中へと向かった。
血だまりとなる見張り番の遺体だけがある洞窟の入り口。ローグはただジッとその場で待機していた。静かな景色とは反対に洞窟の中から聴こえてくる激しい金属音。
指示を無視した足音に、ローグは目を丸くさせた。
「アイリーン?」
長い髪先を編み込んだアイリーンの姿が視界に映り、ローグは眉を顰めてしまう。
「ローグ、こっちこっち」
招く指先。ローグは誰もいない周囲を見回しながら、立ち上がった。
控えめな足取りで洞窟の前へと走り、
「一体どうした? もし野盗が逃げたら」
アイリーンの行動について訊ねようとするが、彼女は洞窟の暗い穴を見つめて何も言わない。
「……?」
ローグは不思議に思いながらも問い詰めず、アイリーンと一緒に黙って洞窟に顔を向けた。
激しく打ち合う金属音がいつの間にか聴こえなくなり、地面を叩く靴の音だけが響く。
洞窟の外に近づいている。ローグは怪訝な表情、アイリーンはサーベルの柄に手を乗せ、身構えた。
洞窟から人影が見えた瞬間、アイリーンは前に踏み出す。同時にサーベルを抜き払うも、刃は空を掠めた。
茶色の帽子が吹き飛び、人影は身体を屈めて通り抜け、俊敏に走り逃げていく。
「ローグ! 追いかけて!」
「え、あっ!」
アイリーンの言う通りに、ローグは急いで後を追いかけた。
山の下り坂をよろけることなく走る相手。ローグは驚きつつ、足を緩めず駆けていく。
「待ってください! なんで逃げるんですか!?」
背中に声を放つ。
相手は無言で必死に逃げている。
「野盗は、他の奴らは?!」
相手は首を横に捻り、ローグを覗き込む。
「兄ちゃんよ、もう戦争は始まっている」
そう答えた。
「ど、どういうことだ?!」
突然、黒い煙が所々に上がり、ローグは立ち止まってしまう。
山から見下ろせる景色に、真っ赤に揺らめく陽炎のような世界が映り込む。
「町が……」
ローグの声は震え、自身が生まれ育った村の方角に身体を向けた。
「お、俺達の村が!」
囲まれた森ごと覆う真っ黒な煙と一緒に舞い上がる火の海がローグの意識を奪っていく……――
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