第16話 夢
「アイリーン!」
林に囲まれた村が騒がしく、アイリーンを呼ぶ。
大柄で肥満の腹が飛び出た男は白い髭を蓄えて、背中にはバスタードソードを差している。
「アイリーンはどこだ?」
特別誰かに対して訊ねているわけでもなく、男は周囲に向かって声を響かせた。
畑を耕している村人は手を止めて、
「村長、いつもの稽古中だなぁ」
返事をした。
肩をすくめた村長は、腕を組む。
「帰ってきたら、呼んでくれ」
再び家の中へ。
村の裏手にある、同様に柵で囲まれている広場、草や砂利は取り除かれ、整地された土だけがある。
広場に乾いた音が隙間なく続き、土を強く踏んだ足音も響く。
何度も打ち合い、表面が剥がれて木の繊維が露出している。
赤い髪を後ろに撫で上げたデヴィンは、体中に汗と土と微かな血を滲ませ、痺れる両手に耐えながら相手を睨んだ。
相手は、青く澄んだ瞳と尖った顎先に目立たない高い鼻、長い金髪を後ろで結んで編み込んでいる。
腕力も、体格も、肺活量も勝っているはずが、デヴィンは焦りからか息切れをして、両腕が痙攣。
余裕を零した相手は指先で、挑発するかのように手招いた。
「クッソ!」
冷静を欠いた動きで振り上げた。乱暴に叩き下ろした木刀は空を斬り、土を掘る。
衝撃が両腕に伝わり、さらに痺れて表情が歪む。その横顔に、木刀の刀身が触れて、二人は動きを止めた。
「残念、死んだね」
茶化すような口調。土に埋まる切っ先を足で払えば、見事に滑り、デヴィンはうつ伏せで倒れ込む。
「はぁ……はぁーくそがぁ!」
「見事だ……もう、俺も動けない。さすが」
デヴィン以外にもう一人、地べたに座って休憩をしているローグがいた。
二人の視界に、勝者の笑みを浮かべて木刀を肩に添える姿が映る。
「アイリーン」
ローグは彼女の名前を呼ぶ。
「そんなんじゃそこらへんの兵士と一緒じゃない」
「はは、俺達が王国の兵士になれるかどうかも怪しいけどな」
ローグは笑う。
「くそくそくそ!」
悔しがって土を叩くデヴィン。
「ローグは悔しくないの? 王国で有名な兵にでもなれば、部隊だって持てるし、そうすれば」
「アイリーン……俺は別に復讐なんて望んじゃいない。俺は、今この村で生活ができればそれでいいんだ。熊を追い払い、狩りや農作をして、いつかは家族を持ち、幸せに暮らす。それでいい」
穏やかに語るローグに、アイリーンと上体を起こしたデヴィンは目を合わせた。
「こっちがそう望んでもさ、向こうは来るの。賊共を討たなきゃ、家族の為にも」
「俺もアイリーンも賊に親を殺されてんだ。それに兵になりゃ王都に住めるんだぜ? こんな村に住むより幸せだっての」
二人の想いに眉を下げて微笑んだローグは、小さく感謝を零して頷く。
目を細めたアイリーンは木刀を三人分拾い、二人を置いて歩き出す。
デヴィンはまだ震えている両腕をなんとか抑えながら立ち上がり、同じく立ち上がったローグと一緒にアイリーンの背中についていく。
「おーいアイリーン、村長が呼んでたぞ」
「いま行く!」
アイリーンは村人に小さく手を振り、村の中で一番大きい建物に駆け出していく。
口角を下げるデヴィンは、
「クソじじい……外のことは大体アイリーンだ」
不満を零す。
「まぁ確かに、俺達の立つ瀬がないな。けど、アイリーンは戦いの天才だ、認めるしかないだろ」
「けどよ、あいつは女なんだぜ? 中で畑や家事をするのが普通じゃないのかよ」
「戦いや狩りに女も男もない。悔しいが、村長はそれを理解しているってことだな」
二人は同じように前で腕を組み、やり切れない思いを息と一緒に吐き出した……――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。