第14話 脆い均衡

 愛の詩を大合唱する港町の広場。

 エルマは呆れながらもう暴れないと手を挙げ、羽交い絞めされていた体を解放してもらう。

 ソフィアは大合唱を前に、

「リリィ、貴女がよほど音痴だからでは?」

 切り込むような深緑の瞳でリリィを捉える。

「えぇそんなぁ……」

 戸惑いながら首を振った。


『あぁあああ! 名刀がないだとぉ! ?』


 右手を赤く腫らした帝国人のハリー男爵が馬車の前で慌てている。

「大金を払って購入したんだぞ! 奴は?」

「それが、朱雀を肌身離さず持っていた兵もいないんです」

「とにかく探せ! 探せぇ!!」

 歌っている途中の帝国兵を呼び集め、広場から散っていく。

「なんか大事になってるな。ま、これで婚約はなし。良かったな……」

 腕を組んだエルマに、ソフィアは頷く。

「えぇ、助かったわ。あとは陛下と他の皆の説教を聞き流すだけね」

「はぁ? 王様から同意を得てるんだろ?」

「そんなの嘘よ。ハリー男爵は所詮底辺だもの、アルフレッド陛下もいちいち相手にしないし……向こうは友好なんてどうでもいいから」

 怪訝な顔をするエルマと、首を傾げるリリィ。

 そんな二人にソフィアは鼻で笑う。

「復讐に頭がいっぱいで、現状まで把握してないのね。帝国は戦争の終わりに納得なんてしてない。アイリーンとリカルドの一騎打ちを見た帝国兵士と、その後押しをローグ騎士団長がしたのよ。ローグを支持する他の王族や貴族に、アルフレッド陛下は渋々和平協定を結んでくれたってこと」

「はぁ、ややこしいな」

「そう、だからエルマ」

 ソフィアは少し間を空け、

「ローグを追うのはやめなさい。ローグがいなくなると、また戦争が始まるわ」

 エルマに忠告する。

「このまま指くわえて暮らせっていうのかよ」

 広場から王国兵と共に去っていくソフィアの背中に、エルマは不機嫌な声をかける。

「不安定な状況じゃなければ応援したいけど、その為に王国をまた地獄にさせたくないわ。リリィ、来なさい」

「え、あ、えと、はい」

 戸惑いつつ、リリィは追いかけた。

「くっそ!」

 苛立ちに顔を歪めたエルマは息を深く吐き出して、遅れてリリィの後ろをついていく。








 朱色の鞘に収められた刀を持つ黒い長髪の女性は満足そうに馬車の荷台に寝転がっている。

 港町から少し離れた、街道に逸れた草原で、気を失い倒れているのは血染めのような赤い礼服を着た帝国兵。

「ハリー男爵……」

 女性の耳に届いた低い呟き声。

「あと、もう一本ね。情報は?」

 少したどたどしい言葉で、女性は訊ねる。

「骨董売りによると、雷電を野盗に奪われた。数日前のことだ」

 荷台の外側から聞こえる低い声は答えた。

「野盗、たくさん、いるね」

「あぁ、情けないことに野盗の大半は帝国人。雷電を持っているのも帝国人かもしれないな……付近を捜索させよう」

「無事に返してもらえれば、ちゃんと報酬払うね、皇帝も大喜びよ」

「助かる。しかし愛の詩は、いつ聴いても、誰が歌っても、良い歌だ」

 港町から聴こえてきた歌を思い出す声は柔らかくなる。

「……リリィの歌声がいいね」

「リリィ?」

「リリィ、綺麗で、不思議な歌声もつ良い子。父親探しに、王都に向かってる」

 荷台の布を捲り、漆黒の鎧と、均等に揃えた顎鬚を生やした男性が顔を出す。鼻の筋には一文字の傷痕。

「一体どこで会った?」

「遠くの町で。そのへんの村に置いてきたね、エルマと一緒に」

「エルマと……そうか」

 男は懐かし気に微笑んだ。

「二人、知り合いか?」

「話せば長いもんだ」

「どうせ刀探しも長いね、せっかくなら、聞かせてほしいね、ローグ」

 ローグと呼ばれた男は瞼を閉ざし、綻んだ表情を浮かべて荷台に腰掛け、思い出話を始めた……――。

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