第12話 正反対
早朝のこと、赤い髪のエルマは刀を鞘から抜き取り、船が停泊している港で、静かな呼吸を繰り返しながら構えていた。
薄くぼやけた景色のなか、先反りの刀身が鈍く光り、思わず目を奪われてしまうほど。
振り翳し、息を吐き出し、空を斜めに斬り伏せた。空気が裂けるような音が鳴る。
「だいぶ様になってきてるじゃないか」
シャツの腰にベルトを巻き、両肘から甲まで革の籠手をはめたオーウェンがやってきた。木刀を二本抱える姿に、エルマは手を止めて睨む。
「んだよ、こんな朝っぱらから」
「それは僕の台詞だ。朝の新鮮な空気を吸いながら腕を磨く、僕の日課なんだ。エルマ、久し振りにひと勝負しないか?」
木刀の柄を差し出すオーウェンに、エルマは眉を顰めて首を振る。
「やらねぇよ……あっちで素振りでもしてろ」
「ソフィア様の人生を左右する勝負が、今日あるんだろう? デヴィン様は実戦前によく模擬戦をされていた。まぁ僕は小動物のように蹴散らされたけど」
「当たり前だろ、親父は王国一の剣士だ」
「それならデヴィン様を見習え」
エルマは渋々といった表情で刀を鞘に納め、オーウェンから木刀を受け取った。
「ルールは簡単、木刀が手から落ちたり、体に木刀が触れたりしたら勝負あり。それだけだ」
「……さっさとかかって来い」
お互い木刀を構え、剣先で相手を捉えながら、一歩を踏み出した……――。
金髪碧眼のリリィは、細い赤いリボンを後ろに結んだ。白の長袖ワンピースにベルトを巻き、膝上までの黒い靴下とブーツ。鏡に写る自らの身体を見つめる。
戸惑い、浮かない表情。
「オーウェンの趣味?」
「え……あ、ソフィア様」
鏡に写り込む銀髪の少女ソフィアに、目を丸くさせたリリィはすぐに後ろを向いて頭を下げた。
切り込むような深緑の瞳がリリィを見下ろす。
「あのボロ布よりマシになったようですね」
「ありがとうございます」
「もうすぐ朝食の時間ですから、お二人を呼んできてください。港で稽古をしているはずです」
「は、はい」
「リリィ」
ソフィアは、扉のノブに手を伸ばしたリリィを呼び止めた。
「エルマをあまり困らせないように」
鋭く睨んだ深緑の瞳。
「え? えっと、はい」
戸惑いながらも頷き、リリィは会釈をしてから外に出る。
日が昇り、ベンチで寝転がる大人と地べたに座って話し込んでいる子供達。
敷石道の大通りを進めば、帆を畳んだ船が列になって停泊している港が見えた。
腰を据えて釣りをしている漁師達の背中も並んでいる。
階段の段差で座り込んだ二人の背中がリリィの視界に映った。
「エルマさん、オーウェンさん、朝食の準備ができました」
そう声をかけると、真っ先に振り向いたのはオーウェン。
「リリィ様、おはようございます!」
頭を下げて挨拶をするオーウェンに、リリィは困惑してしまう。
「よぉ」
覇気のない声と一緒に手を軽く上げ、エルマは立ち上がる。
睨むようにリリィの服装を眺めるエルマは階段を上り、リリィと並んだ。
「あの酷い服よりマシだな」
「ひ、ひどい服……うぅ」
「実際そうだったろ。ま、今の服、似合ってんじゃん。ソフィアが選んだのか?」
「いいや、僕が選んだ」
胸を張って答えるオーウェンに、エルマは眉を顰めて目を逸らす。
「やはり、リリィ様に似合うと思っていました。可憐で、とても美しい」
「……そうかよ。オレは?」
「エルマはやっぱり軽装の鎧だろう、戦いに長けた格好こそ真の剣士に相応しい。だが、よくあんな腕で今まで生きてこられたな? 僕が前に手合わせをした時と全く変わってないじゃないか。詰めが甘いと」
「あぁもう、うるせぇよ! リリィ、行くぞ!」
顔を歪めて、オーウェンの説教を振り払ったエルマはリリィの手首を掴んで歩き出した。
「え、エルマさん、そんな、引っ張ると危ないですから」
リリィは転ばないようにエルマの歩幅に合わせて引っ張られながら歩く。
「まだ話が終わってないぞ、エルマ!」
オーウェンは木刀を抱えて、二人を追いかけた。
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