第11話 ソフィア

「あの大脇差。盗んだやつか?」

「いいや、実際に鍛冶師が目の前で造ったものだ。証人は……私だけだな。もう、鍛冶師も持ち主も、友人も戦争で亡くなった」

「……そうか、ところで、例の武器、くるね?」

「あぁ、必ず」




 港町、宝石のように反射する海面は穏やかに揺れている。

 一際大きなレンガの建物。二階建て。扉の前には全身を鎧で包む王国兵が警備をしている。

 何もすることなくベンチで陽に当たりながら寝転ぶ大人と、かけっこをしながら海水と魚が入っている壺を運ぶ子供達。

 帆を畳んだ船が何隻も停泊している港、その横で釣りをしている漁師が二階の窓から覗ける。

 ワンピースの上から金属の胸当てを身に着け、腰にサーベルを携える少女、ソフィアは窓の外を、鋭い輪郭と深緑の瞳で眺めた。

 腕を組む赤髪のエルマは不機嫌な表情で、

「ゼッタイ嫌だ! なんでオレが帝国人と戦わないといけないんだよ!」

 ソフィアの依頼を拒む。

「私もイヤよ。どこぞの貴族と結婚なんてぜっったい嫌!」

「知らねぇし、大体帝国との友好の証なんだろ? その話がなしになったら追放されるんじゃねぇの?」 

「上等よ、その方がマシね。私は結婚になんて興味ないし、王国のことなんてどうでもいい。私はただ」

 呆れるエルマは遮る。

「アイリーンみたいに華々しく散りたいって?」

 窓から入り込む風に、後ろで編み込んだ銀髪を揺らすソフィアは静かに頷く。

「王様が聞いたら泣くな」

「私は……アイリーンの最期を見られなかった。見たものは皆魂が抜けたように平和平和って呟くのよ……不気味なくらい」

 お互い眉を顰めて、口角は下がる。

「それじゃあ明日頼んだわね」

「だからやらねぇっての」

 扉の前まで足早に向かうソフィアを目で追いかけ、エルマは拒否を続けた。

「エルマ、殺しはダメだから、よろしく」

 そう言って、毅然とした態度を意識したように、ソフィアは部屋から出ていく。

 組んだ腕を指先で叩き、エルマは苛立ちに一人舌打ちをする。



 建物の外、敷石道が続く大通りに緩やかなバラードの歌が流れる。金髪碧眼のリリィ・シグナルは歌に釣られて近づいていく。

「リリィ様、どちらへ?」

 爽やかな声と細い線の顔立ちをもつ青年オーウェンは目を丸くさせた。

 鎧を軋ませながら、オーウェンはリリィの背中をゆっくり追いかける。

 立ち止まったリリィの前にいたのは、十代にも満たない子供達と、老齢の男。

「アンタは、ソフィア様の護衛さんか、どした、クビになったか? その子は彼女さん?」

「と、とんでもない。解雇もされていませんよ。彼女は」

 自慢げに語ろうとしたオーウェンだったが、

「オーウェン」

 名前を呼ばれて遮られた。

「はっ」

 声ですぐに気付き、オーウェンは深々と頭を下げて一歩後ろへ。

 切り込むような深緑の瞳がリリィを捉えた。

 老齢の男はゆっくりと頭を下げて跪き、不思議がる子供達に真似をするよう手で示す。

「確証もないまま混乱を招くようなことは言わないで」

「申し訳ありません、ソフィア様」

 遅れて頭を下げたリリィの身なりを観察し、ソフィアは肩をすくめる。

「少し、歩きながら話しましょう」

「は、はい」

 戸惑うリリィは先を進むソフィアの背中を追い、さらに後ろでオーウェンが周囲を警戒しながらついていく。

「戦争中でもここは賑わっていました。露店も。戦争が終結した途端、貿易は動かず、漁船は出せず、仕事もなく、他の町よりマシといえるのは食料だけでしょう」

 大通りは寂れ、かつての面影を思い出すソフィアは目を細めた。

「……リリィ・シグナルといいましたね?」

「はい」

「貴女がアイリーンの娘だと証明できるものは?」

 リリィは胸に手を添えて、首を振る。

「ありません……」

「父の名前は?」

「バーナード、です。武器職人でした。職がなくなり、畑仕事を。母の功績で、王都に住めるという話があって、父と一緒に向かう途中で……はぐれました」

 眉を微かに歪めたソフィアは、

「王都にいると?」

 確認するように訊ねる。

「はい」

「分かりました、調べておきましょう。現時点では、貴女はアイリーンの娘を騙る不審者です」

「え、そ、そんなつもりは」

「彼女は大英雄なのですから、国中を探せばたくさん娘か息子が出てくるでしょう。ところで」

 港に停泊している船着き場が見える階段の前で立ち止まったソフィアは振り返ってリリィを見つめた。

「エルマとはどういう関係でしょうか?」

「え……関係、ですか?」

「エルマはローグを討ち取ることで頭がいっぱいな状態です。なのに、見知らぬ女を連れてくるなんて」

「ソフィア様、そろそろ議会の時間です。副長が迎えに来られています」

 オーウェンの後ろには、派手な装飾を身に着けた人物が頭を下げて待っている。

 ソフィアは息を小さく吐き、

「それではリリィ、また後で。オーウェン、彼女に服を見繕ってあげて、ボロ布ではせっかくの容姿が勿体ないですから」

 オーウェンにそう伝えて立ち去ってしまう。

「はっ」

 ソフィアを見送った後、オーウェンは、ふぅ、と息を吐き出してからリリィに頭を下げる。

「申し訳ありませんリリィ様、ソフィア様にとってエルマは幼馴染であり、大切なご友人なのです。少し、警戒しているだけですので、気を悪くしないでください」

 俯くリリィは頷く。

「さぁ、リリィ様ならきっとお似合いの服がありますから、ご案内します」

「……はい」

 浮かない表情のリリィに、跪く姿勢でオーウェンは微笑む。

「リリィ様、エルマから事情はお聞きしております。想像し難いほど辛い経験でしたでしょうが、僕は護衛部隊、ソフィア様だけでなくリリィ様のこともお守りします。この見た目では難しいようでしたら、お、女の格好もしてみせます」

 リリィは唇に手を当て、息を混ぜて微かに笑う。

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