第10話 王族

 赤髪のエルマは腕を組み、王国軍の馬車に乗っている。

 隣には金髪碧眼の少女リリィが座り、エルマと向かい合うのは王族の護衛兵であるオーウェンという青年。

 リリィはオーウェンと目を合わさない、揺れる荷台から荒れ果てた草ひとつも生えていない大地が続く景色を眺める。

「デヴィン様の仇は……討てなかったようだな」

「うっせぇオレは諦めねぇ、ローグの居場所を突き止めて今度こそ仇を討つ」

 不機嫌な目つきでオーウェンを睨む。

「……王都でそんなこと喋るなよ。我が国も帝国もアイリーン様がもたらしてくれた平和を壊したくないんだ」

「オレの親父も貢献してんだよ。どいつもこいつもアイリーン、アイリーン……反吐が出る」

「エルマ、リリィ様の前で失礼だぞ」

「あ、え?」

 景色をずっと眺めていたリリィは肩を震わして、二人の会話にようやく顔を向けた。

「ま、上の空だな。オレ達の話なんて全然聞いてねぇよ。リリィ、こいつの話は長いから気にしなくていい」

 エルマは刀を脇に抱えて膝を組んだ。

「す、すみません。少し、考え事を」

「ほんっと、考え事ばっかだな。アンタは見捨てた父親を探すことだけ考えてりゃいいんだよ」

 そっぽを向くエルマの言葉に、リリィは浮かない表情で俯く。

「エルマ」

 オーウェンの制止するような口調に、エルマは舌打ち。

「彼女が無礼なことばかり言って申し訳ありません。色々と大変だったことでしょう。リリィ様の父君、バーナード様の行方なら僕も微力ながら手伝いましょう」

「あ……ありがとう、ございます」

 目を逸らしたまま、リリィは声を震わして感謝を零す。

「でだ、護衛部隊のオーウェンがなんであんな寂れた村にいたんだ?」

「護衛だけが仕事じゃない。解雇された兵達の犯罪や、職を失い野盗になった奴らの取り締まりも行っている。最近でも、王都付近の町が野盗に襲われたらしい。我々が動く前に鎮静したと噂も聞いたが、なにせ人手が足りなくて……偵察にも行けない」

 エルマは興味なさそうに景色を見ては、へぇ、と返事をした。

「なのに、兵士を解雇したんですか?」

 不安げに、リリィは震えた声で訊ねる。

「今は国も財政が苦しい状況でして、ご遺族や、後遺症に苦しむ兵達への補償金だけでいっぱいいっぱいなのです。民には申し訳ありませんが、我慢の時でしょう」

「……」

「王都に住む上流階級や王族の贅沢な暮らしを節制すりゃ金は浮く、だろ?」

「分相応と言ってくれ。彼らは皆の暮らしがいち早く安定できるよう動かれているんだ」

 大きな溜息を吐き出したエルマは大砲などで抉れた乾いた土と、転がっている判別もできない遺体を見た後に、近くなってきた傷ひとつない港の門と、さらに奥に映る王都の外観に目を向けた。

「くたばれ、王族共、だな」

「エルマ」

「へいへい」


 王都付近になると木々や草が生えている部分が多くなり、荒れ果てた土地が遠ざかっていく。

 紺碧ともいえる海が平地から臨める。

 港の門をくぐる馬車に、エルマは怪訝な表情を浮かべた。

「王都に戻らねぇのか?」

「エルマ、君のもとに手紙は届いたかい?」

「あー宿に届いてたけど……」

 馬車が止まり、オーウェンは来るように手招いて先に降りる。手を差し伸べるオーウェンを無視して、エルマは降りた。

「ほら、リリィ」

 エルマはリリィに手を伸ばす。

「ありがとうございます、エルマさん」

 手を掴んでリリィはそっと降りる。

 日中からベンチに寝転がる大人と、地べたに座って話し込んでいる子供。店は閉まって、活気もない。

 帆を畳んだ船が何隻も停泊している。

「こっちだ」

 オーウェンに案内され、敷石道を進んでいく。港で一際大きな建物があり、王国兵が扉の前で警備をしている。

「ソフィア様なら建物の中にいる。エルマはまだかって言ってたぞ」

 王国兵に声をかけられ、

「あー……そう」

 エルマは肩をすくめて無愛想に返事をした。

 オーウェンが扉をノックして入ると、騒がしく言い合う大人達の声が聞こえてくる。

 テーブルに書類を雑に広げて、握りこぶしを震わせている。

「貿易を少しでも早く再開しないと、我が国の財政はどんどん落ちていく。次の審議会で優先すべき事案だ!」

「それよりも港町に住む皆の暮らしを優先すべきだろう。このままでは退廃して、貿易どころではない!」

 言い合う大人を通り越して、二階の奥の部屋へ。

 部屋の前にも王国兵が警備し、オーウェンの姿を確認するなり後ろに下がっていく。

 扉をノックすると、

『どうぞ』

 奥から返事が聞こえる。

 扉を開ければ、窓の外を眺めている少女の背中。潮風に揺れる後ろだけ編み込んで結んだ銀髪。

 腰にはサーベルを携え、ワンピースに金属の胸当てを装着している。

「ソフィア様、ただいま戻りました」

 頭を深々と下げたオーウェン。エルマは腕を組んでソフィアの背中を睨んだ。

「おかえりなさい。村の周囲は大丈夫でしたか?」

「はっ、野盗の姿はなく、村の方々も無事です。念の為数日間だけ兵を配置させました」

「そうですか。オーウェン、少しエルマと話がしたいので下がっていてください……そちらの方は?」

 振り返ったソフィア。少し尖った顎先と透明な肌、切り込むような深緑の瞳でリリィを映す。

「彼女はアイリーン様のご息女、リリィ様です」

 オーウェンの紹介に、ソフィアは眉を微かに歪めた。

「そうでしたか、アイリーンの……」

「は、初めまして、リリィ・シグナルと申します」

 頭を下げて、自己紹介をするリリィ。

「詳しい話は後で聞きます、オーウェン」

「はっ、リリィ様こちらへ」

「オーウェン、リリィにあんまり無理強いすんなよ」

「分かってるよ……王子様」

 エルマはずっとソフィアを睨んだまま舌打ち、扉がゆっくりと閉まる軋む音の後、息を吐き出す。

「変な手紙よこしやがって、なにが王子様だ、なにがお姫様だ」

 悪態をつくエルマに、ソフィアはニヤリ、と口角を微かに上げる。

「いいじゃない、武器を持って奮う姿、王都での王族に対する振る舞い、王子様らしいじゃありませんこと? どうしてか私にはしてくれないけど」

「うっせ、お前は対象外だ。そんで、何の用だよ」

「なにって手紙に書いてある通りの件よ。まさか、ちゃんと読んでないの?」

「読んだ。そんですぐに破り捨てた」

 ソフィアは肩をすくめて、眉を下げた。

「呆れた……貴女の居場所を探すだけで大変だったのに」

「はいはい、悪かったな。で、何の用だ?」

 改めて用件を訊ねるエルマに、ソフィアは詰め寄るようにエルマの前へ。

「お願いがある、友好の証として帝国人と結婚をするように言われたのよ。いわゆる貴賤結婚ってやつ」

 エルマは身を少し反らしながら、

「あぁー婚約相手を事故に見せかけて殺すとか?」

 予想を言ってみる。

「そんなバレやすいことするわけないでしょ。しかもそうなったら戦争もんよ」

「じゃあなんだ」

 ソフィアはエルマの肩を掴んだ。

「実は、好きな人がいるって嘘ついちゃったわけ。その人に勝てたら結婚すると伝えたら、やる気満々、明日来るの。だから」

「はぁ?」

 ぐっと、ソフィアの指先に力が入る。深緑の瞳はエルマを捉える。

「勝ってちょうだい!」

 エルマの表情は真顔から、徐々に険しくなっていった……――。

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