第9話 オーウェン
小さな馬車は、草も木も生えていない枯れた土地にある、村に止まった。
「ここね、アタシはこれまでね」
長い黒髪を風に揺らし、御者の席からつたない言葉で二人に伝える。
赤い髪のエルマは、荷台から降りて景色を見回す。王都と思える影もない。寂れた村には、指で数える程度の村人。
金髪碧眼の少女リリィは、もはや故郷がどの方角かもわからない土地まで来てしまい、口を半開きに、忙しく瞳孔が動く。
「おい、ここのどこが王都の近くなんだよ、王都の近くっていえば港に決まってんだろ」
腕を組んで、メイを睨む。
だが、メイは目を逸らして唇を尖らす。
「アタシ、王国人じゃないね。知らない。王族は嫌い」
「そんなの知らねぇよ。こっちは急いでんだ! 金払わねぇぞ」
「別にいらないね」
「はぁ!?」
怒りに腕を震わすエルマに、メイは眉を顰める。
「どんなときにも歌ね。リリィ、そう思うね」
声をかけられたリリィは一瞬驚くも、笑みを浮かべて頷く。そして、バラード調の緩やかなリズムを口ずさむ。リリィの身体を包むように淡い白い光が現れる。
数人の村人は、透き通った歌声に家から顔を出したり、作業を止めて体ごとリリィの方を向いたりして、聴き入る。
メイも口角を上げて、慣れない言葉で口ずさんだ。
村中に響き渡る歌声に、エルマは苦い表情で耳を塞ぎ、
「だぁあああ! 分かった、分かったからやめろぉ!!」
かき消すように叫んだ。
驚いたリリィは口元に手を添えて、歌うのをやめてしまう。
「す、すみません、つい」
「いいねいいね、不思議な歌声。リリィの歌声は人を癒すよ、また聴きたいね。では……」
最後は王国の言葉ではない言語を話して、手綱を操って、馬を走らせた。
土煙を舞い上げながら遠ざかっていく馬車を見送ることなく、エルマはリリィを睨んだ。
「もうオレの前で歌うなよ。調子狂うんだよ」
「は、はい……」
俯くリリィ。
ふと、エルマは冷たい視線が注がれていることに気付き、村を見回す。村人たちがエルマを不満そうに睨んでいた。
「んだよ、見世物じゃねぇ!」
エルマの一喝で、村人は元の生活に戻っていく。
「ったく、リリィ、ここから王都までだいぶ歩くぜ。平気か?」
見知らぬ土地を眺めた後、リリィは唇を強く締めて、頷く。
「はい……行きます」
不機嫌な表情から、少しだけ口元を緩めたエルマは、
「よし、仇と復讐、お互いの為に行こうぜ。リリィ」
リリィを手招く。
「復讐じゃないんですが……」
困惑しながらそう呟いても、張り切るエルマの耳には届かない。勇ましい背中を前に、リリィは眉を下げて微笑む。
村の外には、王国の旗を揺らす馬車が数台止まっていた。王国兵はサーベルを携えて警護に当たっている。
豪華な装飾が施された、金属で造られた荷台から二人を覗く人物がいた。
「エルマ!」
爽やかな、少し高めの声がエルマを呼ぶ。
「あぁ? なんだよ……げ」
睨むように、声の主へ顔を向けたエルマは、すぐに苦い表情へ変わっていく。
「やっぱり、エルマだ」
荷台から降りてきたのは、鎧を身に着け、腰にサーベルを差す青年。
明るめの茶髪に線の細い顔立ちで、爽やかに微笑みながらエルマとリリィに近づいてくる。
反射的に身体を震わすリリィはエルマの背中に隠れてしまう。
「なんでこんなとこにいんだよ、オーウェン……てめぇお姫様願望のアイツの護衛だろ」
「口を慎め、いくらソフィア様と幼馴染だとしても、許されないこともあるんだ」
腰に手を当て呆れるオーウェン。
「あー説教は後にしてくれ。オレ達は王都に急がなきゃいけねぇんだ」
「そうか、まぁいい。きっとソフィア様も喜ぶに違いない。ところで、そちらの可憐な子は?」
エルマの背中で怯えるリリィ。
「町で偶然会った、そんで、王都で父親探し」
「なるほど、見つかるといいね。僕はオーウェン、王族の護衛部隊に所属している。よろしく」
「は、はい、リリィ・シグナルといいます。よろしく、お願いします」
声を震わしながら、リリィは自己紹介をする。
「一体どうしたんだ? それに、今、シグナルって」
「男は嫌いだってよ。そんで、アイリーンの娘だと」
オーウェンはすぐに跪いた。その動作にさえ、リリィは肩を震わす。
「たいへん失礼致しました。大英雄アイリーンのお嬢様とは……確かに生前、娘がいると言われておりましたが、まさかお会いできるなんて、光栄です!」
真面目な顔で、喜々とした声を放つ。
「こいつ……アイリーンに直接弟子入りを頼んだことがあるぐらい、アイリーンの追っかけなんだ。慣れねぇと大変だぞ」
背後にいるリリィにボソッと教える。
「は、はぃ……」
声を震わし、落ち込むように涙目を浮かべるリリィは、エルマの背中からしばらく離れることができなかった。
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