第8話 刺客
何かが弾ける音が耳に届き、赤い髪のエルマは瞼を開ける。
急所を守る軽装鎧を身に着け、鞘に収まった刀を手に握っているエルマは、勢いよく空へと昇る煙と薪を焼き尽くす炎が視界に映る。じんわり、と熱が皮膚に触れた。
真っ直ぐに伸びた長い黒髪のメイが火を起こしていた。
「てっきりオレ達を置いて逃げるかと思ったんだけどな」
背中に声をかける。
「おぉ、もう起きたか? 早起きね」
にんまりといった表情でメイは振り向いた。
エルマの隣には毛布に包まり、横たわっている金髪碧眼の少女リリィ。後ろを細いリボンで結び、何度も縫い直した跡がある服を着ている。
頬杖をついて、エルマは口角を下げた。
「リリィの歌、特別ね」
「……どう特別なんだよ?」
「人の心、動かす、不思議な歌声。魔法か、唯一か、謎ね」
「ふん」
ハッ、とメイは目を大きくさせて、
「リリィの歌声で稼ぐ、借金チャラよ」
下心に溢れた笑顔でイメージを膨らませた。
特に突っ込まず、エルマは肩をすくめる。
「冗談ね。それで、なぜローグを探す? アイツは良い奴よ」
「……アンタには関係ねぇって、何度も言わせんな」
メイは眉を下げて困ったように、手を顎に添えた。
「もし、生死に関わるなら困るね。その場合は」
親指を鍔に引っかけ、銀に輝く刀身が鞘から抜ける。柄を握り締めたエルマは上体を起こしてメイの背中に振り翳した。
金属同士の重なり合う音が響く。
お互い驚くこともなく、さも当然のように睨み合う。
刀身を受け止めているナイフ越しに、メイの笑みが見える。
「騒ぐとリリィが起きるね。背中、卑怯よ、アタシと変わらない」
「アンタだから、な。ただ借金から逃げてる奴とは思えねぇ……何者だよ? それとも、あいつらは仲間か?」
「……違うね」
重なり合う刀とナイフは離れ、メイは振り向き様にナイフを垂直に投げた。
もがくように苦しむ声が聞こえた。
ナイフが喉に突き刺さった男はよろけながら、ぐったりと後ろに倒れていく。
他にも筋肉隆々な男達が剣を持っているが、何が起こったのか分からず立ち尽くした。
その合間にエルマは男達へ駆け出す。
足元にしゃがんだ姿勢から構え、膝を伸ばすと同時に、男の胸板に刃を通して振り上げた。
申し訳程度の軽装鎧ごと皮膚が裂ける。
メイは指先二本で別の男を指し、瞳孔を収縮。
「バーン、ね」
突如服に着火し、瞬く間にお尻部分が火だるまに。
「わぁ、わあつ、あっあぁあ!」
男の絶叫に、
「ん……ぅ、えっ!?」
リリィはようやく目を覚ました。
「おはようさん、リリィ、ちょい邪魔者きたね。隠れろ」
「え、あ、あの、あの人、火が、何をしてるんですか?! 危な」
「大丈夫ね、消火するね」
リリィはメイに背中を押されて、流されるまま荷台へ。
二本の指先をもう一度、お尻が燃えて転がっている男を指すと、瞳孔を収縮させた。
すると、一瞬にして火が消え、
「はぁー……あぁ、はー」
呼吸を乱して、ズボンもパンツも丸焦げで、男のお尻は爛れてしまう。
「なにが強いんだよ、弱いじゃねぇか」
喉に突き刺さっているナイフを容赦なく引き抜き、エルマはメイの足元に投げ返した。
「乱暴ダメ。このナイフ、高いね。そいつら知らない。借金取りはもっと厄介よ」
血まみれのナイフを布で拭き取り、メイは腰ベルトに差す。
「うっせ。で、誰だ?」
エルマはお尻に火傷を負った男の胴体を蹴って訊ねる。
「で、デブリの」
「あぁ? あのクソデブ野郎がなんだ? さっさと話せ、死にたくねぇだろ」
顔を歪めた男は歯を食いしばり、
「家族から、お前を消せって依頼されたぁ……ぐ」
そう答える。
「あいつに家族なんていたのかよ。同じクソ野郎なんだろうな」
「全財産投げうってまで、父親の仇を」
エルマは目を細くさせて、唇を軽く噛む。
「……じゃあ家族に伝えとけ。仇を討ちたいなら自分でやれって」
もう一度男を蹴ったエルマは、手綱を掴んで待つメイの馬車に乗り込んだ。
不安げなリリィは、返り血を浴びているエルマに俯く。気付いたエルマは指先で顔に付着した返り血を拭う。
馬車はゆっくり進み出す。
荒れ果てた大地のなか、メイは呟く。
エルマとリリィは聞こえたが、何を喋ったのかはわからない。
「言いたいことがあるならこっちの言葉で喋れよ」
不機嫌なエルマ。
「ただの独り言ね」
メイはつたない言葉で返事をした。
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