第7話 メイの逃避
「アンタさっきからなんだよ」
小さい馬車の御者をしているメイは、時折周囲を見回している。その動きが気になり、痺れを切らしたエルマは顔も声も不機嫌。
長く艶やかな黒髪が風に揺れ、メイは頷く。
「ふむ……なんでもないね」
ぎこちない言葉で返事をする。
「誰かに追われてんじゃねぇだろうな?」
怪訝な表情で訊ねた。
「ないね、ないよ」
メイが即答しても、エルマは疑いが拭えない。
「なーんか怪しいな」
腕を組んで、ジッとメイの背中を睨みつけていると、同じく馬車の荷台にいる金髪碧眼の少女リリィは後方に目線を向ける。
そこには、窪みや荒れ果てた大地が広がる中、砂煙を舞い上げて近づいてくる馬の群れがいた。
「え、エルマさん、何か迫ってませんか?」
野生ではない、鐙がついて、手綱を掴んで騎乗している人間もいる。
「メイ、てめぇか?」
「……それはないね。前に撒いた」
否定しながら、メイは走っている馬に鞭を強く打ち、速度を上げた。
「やっぱり追われてるじゃねぇか!」
車輪に石が当たれば荷台が跳ねて、エルマとリリィは自然と伏せた姿勢になる。
「おいメイ! アンタ一体何やったんだ?」
「悪いことしてないね。向こうが狙う。困ったね」
「あぁもういいから降ろせ! オレがぶった斬ってやる!」
「ダメ。大人しく座れ」
メイは馬車のスピードを緩めず、後方の馬達を引き離す勢いで道なき道を進んでいく。
メイは巨大な岩に馬車を隠して、辺りをキョロキョロと見回す。間もなく空が濃紺に染まる頃。
メイは荷台にある薪を地面に並べて置く。二本の指先を薪に指し、瞳孔を収縮させた。すると、薪が燻り、燃え始める。
「魔法、使えるんですね」
「教わったね。習ったら使えるよ」
リリィは眉を下げて困ったように微笑む。
「私はダメでした。武器も、魔法も扱えなくて……」
「気にするな。人それぞれね」
周囲を警戒しているエルマは、周囲を見回しながら、
「で、あいつらはなんなんだ?」
メイに改めて訊ねた。
「あー……借金取りね」
「はぁ?」
「逃げたつもりが、追いかけてきたね。あいつらも海を渡ってきた。しつこいね」
エルマは肩をすくめて、薪が燃えて弾ける火に寄っていく。
「自業自得じゃねぇか。しょうがねぇ、次来たらぶった斬る」
その提案に賛成しないメイ。
「真正面はダメね。返り討ちに遭う。アイツらはホント強いよ、どんな手練れもダメ。するなら、後ろから」
腰ベルトに差していたナイフを抜く。
「後ろからぁ? なんか情けねぇな」
「生きる為な。でも、一番は逃げるが勝ちね。ところで、二人はどして王都に?」
素朴な疑問を浮かべるメイ。
「その、お父さんを探しに」
「おぉ、泣ける話ね?」
「ちっとも泣けねぇよ……けどアンタには関係ない話だ」
「そうかそうか」
ふと、メイは何気なしに星々が輝く空を見上げながら、聴き初めた歌を口ずさむ。つたないが高い声で、音程は曖昧で、バラードの緩やかな歌がメイの口から流れる。
エルマは眉を顰めて、そっぽを向く。
リリィは、いつもの歌い慣れた曲に微笑み、続けて口ずさんだ。
透き通った声でゆったりとしたバラードを歌えば、リリィの輪郭を包むように白い薄っすらとした光が現れる。
リリィの歌声に、メイは目を丸くさせて、唇を止めてしまう。
エルマはさらに眉を顰めて、強めに耳を塞いだ。
「やめろっ!!」
「え。あ、す、すみません」
ただ謝るリリィと、大声に驚いたメイ。
「いい声ね。上手、そんで、不思議だ、その声」
苦い顔をしたエルマのことを放置して、メイは小さく拍手しながら褒める。
「よくねぇよ……」
「もしかして、この歌嫌いでしたか?」
「嫌いとかじゃねぇ、別に良い歌だけど……アンタが歌うと、なんか気持ちが沈む。悪い意味じゃない、あぁもう! なんて言えばいいのか分からねぇ」
赤い髪を掻いて、エルマは唸ってしまう。そんなエルマに困惑するリリィは俯く。
「愛の詩、大昔の吟遊詩人が作った歌らしいね。大陸のどこでも誰かが歌ってる、良い歌よ。リリィ」
「は、はい」
「リリィの歌声は、特別ね」
「そ、そうなんでしょうか?」
「うむ。自信もて。エルマの耳が異常なだけ」
「……うるせぇ」
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