第6話 自称冒険者
薄明かりの景色、他の宿泊客は寝静まっている頃。
「エルマ様、ご利用いただきありがとうございました」
「……どうも」
受付の男性に見送られ、赤髪のエルマは手を軽く振る。
急所だけを守る軽装鎧と、鞘に収まる刀を腰に差す。
肩を震わし、両腕を手でさする金髪碧眼のリリィは、エルマの背中を追いかけた。
細いリボンで後ろの髪を結い、服は継ぎはぎ。顔の一部は内出血により青く染まっている。
町の中央にある噴水広場や別の通路には、布で包まる人々が灯された街灯の周りを囲む。
町の出入口には門番をしている兵士がいて、ゆらゆら揺れる火をランタンの中に灯し、辺りを照らす。
馬車が数台、行先が書かれた紙を荷台の外側に貼り付けている。
「王都、王都……あぁ? 王都がねぇじゃん。おっさん、王都行きは?」
王都の方面に向かう行先を書いた馬車にエルマは近寄っていく。
ハンチング帽をかぶった五十代ほどの男性は、頬杖をついて、
「この町から直通はないんだ。王都に行きたいならこれに乗って途中で乗り換えだな」
気だるそうに答えた。
エルマは腕を組んで眉を顰めて、軽く息を吐く。
「仕方ねぇ、乗る。いくぞリリィ」
「は、はい……」
リリィは両腕をさすり、身を震わす。青い瞳を伏せて誰とも目を合わせようとしない。
「はぁ、やっぱなし他を当たる」
リリィの手を掴んで引っ張り、エルマは行先を決めずにとにかく御者を選び探す。
「あの、エルマさん、私大丈夫ですから」
「うるせぇ、隣でビクビクされんの嫌いなんだよ。そんなことよりアンタも女の御者を探せって」
「……すみません」
二人で御者を探すことに、すると、馬車の集団から少し離れた道の外れにも馬車があることに気付く。
繋がれた赤い牝馬は大人しく、道の草を噛みちぎっている。
リリィは不思議に思い、荷台に貼られた紙を読む。
『くたばれ!! 王族共!!』
乱暴に書き殴られた文字に、リリィは胸に手を添えて、足は後ろに下がってしまう。
「あったか? あ、なんだこのきたねぇ字」
エルマは貼り付けられた紙を睨んだ。
「王族が嫌いってことは伝わってくるな、けど、問題なのは持ち主の性別だ。おい!」
荷台を手の甲で叩く。
返事はない。
「あの、王都まで乗せていただけませんか?」
リリィが声をかけると、内側で何かが落ちる。続けてバタバタと動き回る。
エルマは刀の柄に手を添えて警戒。不安げなリリィは後ろへ。
荷台を包む革の生地、その隙間から覗いてくる誰かの目。
『悪いね、アタシ、冒険者だから、他をあたって』
少したどたどしい女性の高い声が聞こえた。
「王都の近くでもいいから乗せてくれ、金なら払う」
エルマは逃がすまいと食いつく。
『断る、アタシ、隣の国に行く』
「戦争が終わったばかりでまだピリピリしてんだ。こんなオンボロで行ったら即破壊されて終わりだな。それなら王都に行った方が安全だぞ」
「なんなの、あんた達」
荷台から顔を出したのは、長い黒髪をもつ女性。漆黒の瞳で二人を怪しむように睨む。
「エルマだ、こっちはリリィ。オレ達は王都に戻りたい。嫌なら力づくで奪うからな」
「ぼ、暴力、反対。うーん、王都ダメ、近くまでなら」
女性は渋々といった表情で頷いた。周囲をキョロキョロ見回しながら、二人を招く。
「ああ」
エルマとリリィは荷台の中に入って、荷物が積まれた狭い室内に座り込む。
この大陸で通じる言語をまとめた本が二冊。小さなリュックとパンや干し肉。
御者席に腰掛けた女性は、腰ベルトにナイフを差し、穴開きマントを羽織っている。手綱を握り、赤い牝馬を操る。
馬車はゆっくりと軋みながら動き出す。
「エルマ、その大脇差は、どした?」
背中越しに女性はエルマが持つ刀について訊ねてきた。
「アンタには関係ねぇ」
「あるある。そういうのを造るの、アタシの国にいる。一部が盗まれたって話」
「大事な形見。盗んでねぇ、それだけだ」
「ふむ」
「アンタ……名前は?」
「メイ。冒険者。よろしく」
単語で区切るように話すメイの背中を、エルマは腕を組んで睨んだ。
「冒険者なら、ローグって奴を知ってるか?」
「ろーぐ、ローグ……どんな奴」
「顎に髭をはやして、黒い鎧を着て、バスタードソードを持ってる帝国騎士団のクソ野郎だ」
エルマの情報に、メイは頷く。
「おぉ、少し前に会ったね。牢屋から出るの助けてもらった」
「どこでだ」
鋭い口調でさらに訊ねた。
「どこかの地下牢ね。助けてもらった。王族共酷いね、いきなり牢屋に入れた。もう嫌いね」
「くっそ、どこだよ……」
頭を抱えて唸るエルマ。
向かい合うように座るリリィは膝を抱えて俯く。
「おいリリィ、なにずっと黙ってんだよ」
「え、あ、すみません、少し考え事を」
「クソ親父をどんな目に遭わせてやろうかって?」
「そ、そんなつもりないです! お父さんと会えても、まともに話してくれるのか不安で……」
肩をすくめて呆れるエルマは、
「あのな、実の娘を見捨てた奴が話なんてしてくれるわけねぇだろ。どうしても訳を訊きたいなら力づくしかねぇ……その前にオレが殺しちまうかもな」
軽く鼻で笑う。
口角が微かに下がるリリィは再び黙り込んだ。
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