第5話 復讐
「おいおいおい、エルマ、何やってくれてんだ?! 俺らから仕事を奪うようなことしやがって!」
デブリに雇われていた用心棒の男達は顔を真っ赤にしてエルマに怒鳴っていた。
赤髪のエルマは腕を組み、
「金庫に兵共から巻き上げたゴールドがたくさんある。それで町を出て、新しく始めたらいいだろ!」
怯むことなく睨んだ。
男達は難しく唸りながら、薄着の女性達がゴールドを漁っている姿を見た。
慌ててゴールドを奪いにいく。
「オレは王都に戻れる金があればいい……おい」
エルマの後ろで座り込んでいる金髪碧眼の少女に声をかける。気を抜かれたように目を伏せている少女は返事をしない。
渇いた血が鼻の周りに付着し、顔の一部は内出血で青くなっている。
「アンタ、名前は?」
荒くも優しめに訊ねるが、少女は無言。
大きな息を吐き出したエルマは、口角を下げて眉を顰める。
「アイリーン・シグナルを知ってるか?」
「……え」
少女はようやく反応する。
「大英雄アイリーンのこと、知ってるのかって訊いてんの」
「私の、お母さん、です」
「はぁ? そういう妄想?」
「本当です……リリィ、私はリリィ・シグナルです」
リリィと静かに名乗った少女に、エルマは肩をすくめた。
「そんで、そのアイリーンのお嬢様が、こんなクソみたいな店になんで連れられてきたんだ?」
「私もよく分かりません、なにがなんだか……ぐちゃぐちゃで」
ふん、エルマは目を細くさせる。
「とにかくここに長くいると面倒だ、宿に来い。他にも訊きたいことがあるしな」
ふらつくリリィを従えて、真っ暗な町を進んでいく。
観光客がよく使う宿に行くと、火が揺れる街灯も多くなる。
「おかえりなさいませ、エルマ様。お友達ですか?」
受付の男性がお辞儀をしてエルマを迎えた。その声と姿に、リリィは肩を震わしてしまう。
エルマは何も言わずに手を軽く振って返事をして、部屋に向かった。
床が崩れる心配もなく、他人の声が壁から聞こえることもない部屋には、絨毯と二人分は余裕で眠れる大きいベッド。鏡と、タンスとカーテンがついた窓がある。個室のトイレとシャワーもついている。
「座れよ」
「はい……」
イスに両膝をくっつけてゆっくり腰掛けたリリィと、ベッドに勢いよく腰掛けて、あぐらをかいたエルマ。
「オレはエルマ、王国でアイリーンに次ぐ誇り高き剣士デヴィンの娘だ。名前ぐらい聞いたことあるだろ?」
「……すみません」
「はぁ大英雄との差を痛感する。ま、それはいいとして、リリィ、ローグっていうクソ野郎を知ってるか?」
リリィはそっと首を振る。その答えに、エルマは溜息しか出てこない。
「アイリーンの娘のくせに、何にも知らないんだな」
「……ほとんど、お母さんと過ごしたことなくて」
「あぁ、オレも親父とは小さい時だけ。王都にいても戦争のせいでほとんど会えなかった……それでも情報とかは入ってきたんだ。親父の訃報も、アイリーンが罠にはめられて死んだことも」
「え?」
リリィは目を大きくさせた。
眉を顰めたエルマは、
「マジかよ。アンタの母親は、敵の罠にはまって、後ろから矢を射られて死んだ」
詳しい死因をリリィに知らせる。
「リカルドって弱虫剣士にな、まぁ死ぬ前にアイリーンが最期の力を振り絞って斬り殺したらしい」
「そんなことが……お父さんは何も教えてくれませんでした」
リリィは目を細くして、顔は下を向く。
「とりあえずオレは明日王都に戻って、ローグの情報を集める。リリィ、親父さんが心配してるだろ、アンタの故郷は?」
「いえ……私も王都に行きたいんです。お父さんを探さないと」
「バラバラ、なのか?」
気まずそうに、エルマは静かに訊ねる。
リリィはこれまでの経緯を、手短に答えた。
これでもかと眉の皺を寄せたエルマは腕を組む指先に力が入ってしまう。
「許せねぇ、実の娘を殺そうとするなんて、親がすることじゃねぇ!」
「でも、きっとなにか事情が」
「あってもロクな理由じゃねぇっての! リリィ、復讐だ。オレは親父の仇を討つ、アンタは見捨てた親父を見つける。明日は急いで王都に行くぞ!!」
「い、いや、あの、復讐なんて、そんな」
「見た感じ武器とか扱えなさそうだな。まぁ任せとけ、オレは手を汚すぐらいこれまでに何回も経験してる。復讐ぐらい朝飯前だ」
明るく、やる気に満ち溢れるエルマは、リリィの話を全く聞かない……――。
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