第4話 用心棒

「あぁ手数料?!」

 肩まで伸びた赤髪が揺れる。怒声によく似たエルマの声は受付の女性を震わせた。

「で、ですから新規の方はまず手数料がいるんです。これは王国で決められた規定なんですよ」

「ふざけんな! ったく、くだらねぇ仕事しかないくせに。もういい!!」

「順番も守らずに割り込んできてなんですか、もう!」

 急所を守る程度の軽装鎧を身に着け、腰には刀を差している。周囲を敵とみなすような鋭い眼光に、みんな寝たふりか目を逸らす。

 ベンチの前を通り過ぎようとしていたところ、

「ねぇ君、すぐに稼げる仕事があるんだけど、どうかな?」

 フードを深くかぶった男性に声をかけられ、エルマは立ち止まる。

「んだよ、殺しか?」

 男性は首を横に振って否定。

「もっと簡単な仕事。急いでるなら特に、身一つ、時間もかからない、それですぐにゴールドが貰えるいい仕事だ。君がよければ夜に町の裏路地へおいで、そこで会おう」

 エルマは腕を組み、フードの男性を睨んだ後、何も言わずにベンチの前から立ち去る。

 町の中でも特に格安の宿。壁の一部が剥がれて木材が露出し、床は湿って少しでも強く踏めば穴があく。

 軽い扉を開ければ、狭い寝室を支配するボロボロのベッドがあった。

 そこに、老人がいた。

「仕事は見つかったか?」

 戻ってきたエルマに、顎鬚をさすりながら訊ねる。

「夜、路地裏に来いってよ……その日のうちに金が貰えるらしい」

「そうか、お前さんの治療費と運賃、今日中に貰えると助かる」

「誰にも頼んでねぇのに、勝手なことしやがって。本当にローグはいなかったのか?」

「あぁ、あそこを通った時にはお前さんだけだったな。しかし、ローグに挑むたぁ無謀なことを、どうした?」

「てめぇには関係ねぇ」

 エルマは詳細を話すことなく黙り込み、夜を待つことにした。



 ゆらゆらと揺れる火を灯した街灯が幾つもあり、その周りを囲むように座り込む人達。

 明かりを頼りに路地裏に入ると、武器も防具も持っていない王国兵が並んでいた。

 鼻息荒い兵や、待ちきれずに外で下半身を露出させている兵もいる。

 異様な光景を見たエルマは怪訝な表情を浮かべた。

「こっちだ」

 建物の間から声が聞こえ、エルマは隙間へ。

「おい、あいつらは?」

「戦争の被害者だよ。前線に出陣しながらも生き残ったけど、心に深い傷を負った兵達。君がこれからするのは彼らを癒す仕事ってこと」

「はぁ?」

「詳しいことは雇い主に訊いてくれ」

 フードを深く被った男性はそのままどこかへ帰っていく。

「答えになってねぇよ……ったく」

 エルマは裏口から扉を開けると、薄着の女性達と、煙を充満させている太い男がいた。

 薄着の女性達は口を開けず、淀んだ瞳でただ前を見つめ、出番が来るのを待っている。体には紫斑や火傷の痕。

「おぉ、新人。こりゃいい女だな、若い奴で綺麗な体ほどよく稼げるもんだ。仕事の内容は分かってるな?」

 エルマは腕を組み、イスに座っている太い男を見下すように睨んだ。

「雑魚兵の股間を蹴る仕事、だろ?」

「はっ、惜しい、だが蹴るな。アイツらの要望に応えてやるのが仕事だ。あのクソみたいな相談所より稼ぎは数倍いいし、すぐに支払う。どうだ?」

 エルマは太い男が話している途中で鞘から刀を抜き、切っ先を二重顎に近づける。

「アンタの肉、少しは売れるかもな」

 数ミリでも動けば皮膚が裂ける。薄着の女性達はお互い身を寄せて静かに騒ぐ。

「お、おい、こんなところで武器を抜くんじゃない。なんのつもりだ!?」

 太い男は脂のような汗を垂らす。

 騒ぎに気付いた男達が駆け付ける。鉄製の鈍器を持ち、筋肉質の男達はエルマを囲んだ。

「こいつをつまみだせ!」

 銀に輝き反り返った刀を両手に構え、エルマは振り返りながら背後にいた男の胸部を斬りつける。

 胸部の皮膚が服ごと裂けた男は呻き、血飛沫が壁や床、エルマの顔、周囲の人間にも付着。

 未だ噴き出る血に短い悲鳴を上げる女性達。

「くだらねぇ、何が兵を癒す、だ。王都に行きゃ医者が診てくれるっての」

「よ、用心棒だ!」

 太い男は声を震わす。

「用心棒?」

「そ、そう。ここは兵士以外に一般人も使う。たまに厄介な客がいてな、うちの商品を傷物にしやがる。そいつらから守る仕事だ。ゴールドもたんまり、悪い話じゃないだろ?」

 エルマは刀身に付着した血を布で拭き取り、棟部分を肩に乗せて、

「……いくらだ?」



 老人は数週間前に、治療費と運賃を貰って満足したのか、ボロボロの馬車に乗ってどこかへ行ってしまった。

 エルマはボロい宿から観光客も泊まる宿へ移り変わる。

「エルマ様」

 宿屋の受付をしている男性に呼ばれる。

「手紙が届いています」

「誰から?」

「差出人は書いてありませんでした」

 エルマは眉を顰めて、渋々手紙を受け取ると、封を破り開けた。

 一枚の紙に目を通し、顔色も変えずに真っ二つに破く。

「……」


 その夜、エルマは用心棒として小屋にいた。

 他の用心棒である男達と外で待ち、エルマは少し離れた場所で暗い路地裏を睨んだ。

「新人がまた来たらしい。ちょっとしか見えなかったけど、綺麗な女の子だったぜ」

「あぁ金髪に青い目の子。場違いにもほどがある……でも、なんか誰かに似ているんだよな」

「それ俺も思った。多分だけど、大英雄アイリーンに似てる気がしてよ」

 アイリーン、その名にエルマは眉を動かす。

 同時に、悲鳴のような男の声が聞こえ、男達はすぐに中へ。

「アイリーン……シグナル」

 裏の扉から戻ってきた男達は、何かを抱えている。両手足を持って、だらん、と抵抗なく運ばれていく誰か。

 もう見慣れた光景で、エルマは気にも留めなかった。

「はぁ、また処理しないといけないかよ。あの新人可哀相に。デブリのやつはしばらく不機嫌だろうな」

 やれやれ、肩をすくめる男達の愚痴。

 エルマは小屋の中に入っていく。聞こえてきたのは痛みに耐えようとする少女の悲鳴だった。

 皮膚を叩くような音も聴こえ、薄着の女性達が通路に追い出されて怯えている。

「新人は?」

 女性達は無言で目の前にある扉を指した。

『抵抗するなって言っただろ! 死体の処理も面倒だってのに、店の信用問題にも関わるんだよ、分かってんのか?!』

 エルマはただ静かに、刀の柄を握りしめて、鞘から刀身を抜く。

 そっと、扉を押し開け、太い男デブリの広い背中が視界に映る。

「金を稼ぎたきゃ黙って体で払え! おら……」

 エルマは刃先をデブリの背中へ斜めに通した。深めに入り込み、服ごと皮膚が花弁のように開いた。

 革ベルトを落とし、デブリも両膝をついて倒れていく。

 エルマの視界に入ったのは、顔の一部に内出血を起こし、鼻から血を垂らして倒れている金髪碧眼の少女。

 攻撃に耐えようと瞼を強く閉ざしている。

「え、エルマぁ……な、なにを」

 苦しい呼吸を繰り返すデブリは唇を震わす。

「なにって、用心棒の仕事に決まってんだろ」

 エルマは苦しむデブリを見下ろして鼻で笑う。

 そして、銀に輝く切っ先をデブリの背中に、心臓めがけて突き刺した。

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