第3話 エルマ

 やっと見つけた。少女は低めに憎しみを込めて呟いた。

 急所を守る程度の軽装な鎧で、ボロい布マントを風に揺らす。

 荒れ果てた大地に草はなく、大砲で抉れた地面と兵士の亡骸があるだけ。

 赤髪を肩まで伸ばし、鋭い目つきで相手を睨んだ。

 銀に輝く反った片刃の刀を鞘から抜いて、切っ先を相手に向ける。

 漆黒の鎧を身に着けている男は、均等に揃えた顎鬚を籠手越しに触れ、長年の経験が積まれた眼差しで少女を無言で見つめる。

 男の後ろには、様子を見守る部下達と、数頭の馬。

「帝国騎士団団長ローグ、親父の仇! オレとサシで勝負だ!!」

 ローグと呼ばれた男は何も言わず、バスタードソードを抜き、同じく切っ先を少女に向けた。

「オレはエルマ! 剣士デヴィンの娘!!」

 少女は自らをエルマと名乗り、刀を両手で構えて駆け出す。刀身を振り、ローグに斬りつける。

 足を後ろに引いたローグの鎧に刃が触れるも、金属が擦れる音だけで傷はつかない。

 ローグはただ静かにエルマを見下ろし、続けて斬りかかる刀身を籠手で弾いた。

 エルマの身体は刀ごと後ろへ下がってしまう。しっかりと柄を握りしめている手は痺れて動けない。

「くそっ!」

 ローグはバスタードソードを地面に刺し、エルマの首を掴んで持ち上げた。

「ぐ、ぅあ、てめぇ! 剣を」

 呼吸がうまくできず、苦しい表情でもエルマは睨むのをやめない。

「エルマ……命を無駄にするな」

 重く低い声が響く。

 霞む視界のなか、エルマは歯を食いしばって痺れる手で、刀を振る。

 ローグの鼻に切っ先が通った。

 横に皮膚が裂け、ローグは思わずエルマから手を離してしまう。

 混濁した意識でなんとか起き上がろうとするエルマだが、力が入らずそのまま倒れてしまう。

 ローグは血が垂れる鼻に手を添え、ふぅ、と息を吐き出す。

「団長、鼻が……彼女をどうしますか?」

「大したことはない、放っておけ。戦争は終わっている」

「ですが団長、また懲りずに来ると思います。危険では」

「お前は、愛の詩を聴いたことがあるか?」

「え、あ、はい、もちろん」

 部下の返事に、ローグは渋く微笑む。それから、そっと口ずさむ。バラードのように緩やかな歌。

 あの団長が歌っている、少し音程が違うような、歌声も渋い、等々部下達はヒソヒソ話す。

「……いい歌だ」

 ローグはそう零し、気を失ったエルマを見下ろした。

「しばらくは王都にいる予定だ。もし、復讐を諦めていないのなら来い、その時は本気で迎えよう。だが、命を無駄するな、エルマ」

 馬に跨り、ローグは部下を引き連れて王都へ。

 置き去りにされたエルマは、まだ起きない。刀を握りしめたまま。

 そこにボロボロの馬車が通った。

 老人は手綱を握り、一頭の馬を操っている。

 くたびれた茶色の帽子、くすんだローブで身を包む老人は行き倒れた状態のエルマを前に、馬車を止めた。

「こいつは驚いたな……この武器は、デヴィンのだ」

 ブツブツ言いながら老人は降りて、エルマを担ぐ。馬車の荷台に乗せて、老人は再び手綱を握った……――。

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