第2話 仕事探し
ボロボロの馬車。手綱を掴む、くたびれた服装の老人は町の入り口で止まる。
金髪碧眼のリリィ・シグナルは馬車から降りて、ゴールドが入った布袋を受け取った。
少し渇いた喉に手を添えて、軽くせき込む。
老人は、
「ホントに歌いやがったな……まぁおかげで野盗共に襲われずに済んだ。報酬は少し多めにしてある、達者でな、リリィ」
ぼさぼさの髭をさすりながら、ニヤッと笑う。
「はい、ありがとうございました。ここまで乗せてもらって、しかもゴールドまで、本当になんと言っていいのか」
「それだけの仕事をしたってことだ。リリィ、親父さんを探すとして、見つけたところで殺されるだけだと思うぞ。それなら安心できる町で新しい人生を」
「いいえ、私、知りたいんです」
リリィは首を振って、澄んだ青い瞳に老人を映す。
「きっと何か理由があったかもしれない。それを知る為にも、王都に行きます」
やれやれ、老人は肩をすくめて頷く。
「そうかい……リリィ、お前さんの歌声は特別だ。また生きてどこかで会えたら聴かせてくれ」
「……はい」
老人は手綱を操り、馬車を走らせた。土煙を舞いながら遠くなっていく後ろ姿を見送った後、リリィは町の入り口を進む。
門番の駐在兵は欠伸をして、リリィの横顔を少し覗くだけ。
町の中央に噴水広場、布を敷いて最低限の衣類で寝転ぶ何人かと、広場を避けて歩く、身なりを整えた人達がいる。
「……」
リリィの胸にいる布袋を欲しがるような眼差しに、足は竦み、広場の外側から労働相談所への案内看板を頼りに進む。
ベンチに腰掛けて日中から生気のない表情で空を見上げている人々を横目に、リリィは急いで通り抜けた。
その際、フードを深くかぶった細身の男性とすれ違うのと同時に肩が軽く触れてしまう。
「す、すみません」
「……」
リリィが謝っても、男性は無反応で空いているベンチに腰掛けた。
控えめに頭を下げたリリィは、労働相談所という看板が立つ施設の中へ。レンガで建てられた特徴的な施設。
難しい顔をした剣や弓を持つ冒険者達や、商売のトラブルについて受付と話している商人が溢れるほどいる。
「町の外から来た方ですか?」
紙とペンを持つ女性に声をかけられた。
「は、はい、仕事を探しにきました」
「では、この番号を。失くさないようにお持ちください」
女性はペンで書いた後、三桁の番号が刻まれた小さなプレートをリリィに渡す。
大人しく待つことにしたリリィは壁にもたれて、同じように仕事を求める人々を眺めた。
「畑作業!? 俺は傭兵なんだぞ!」
「嫌でしたらよそへ行ってください。仕事を探してる方は他にも沢山いますので、譲ってあげてください。次の方どうぞー」
「おい、やらないとは言ってない!」
そんなやり取りが何回も続く。
リリィの順番が回ってきたのは一時間経過してから。受付の前に座り、緊張気味に、女性と目を合わせる。
「新規の方ですね。お仕事の紹介には手数料がかかりますので、まずはこちらの金額を納めてください」
手数料の額に、リリィは目を丸くさせた。
「あの、すぐに仕事ってもらえるんですか?」
「すぐに、とは難しいですね。数日はかかります、なにせ大勢の方が職を求めていますので……ただ、仕事が入ればすぐに町で暮らせますよ」
リリィは唸りながら、先程貰ったばかりのゴールドの九割を手数料として納める。
「それではまた後日」
布袋は一気に軽くなり、リリィはトボトボと施設から出た。
「どうしよう……安い宿、探さないと」
俯きながら先程通った道を歩き、ベンチの前に差し掛かると、
「ねぇお嬢さん、いい仕事があるんだけど、どうかな?」
フードを深く被った男性に声をかけられた。
リリィは足を止めて、
「いい、仕事?」
男性の話を聞く。
「そう、ここって手数料高いし、その割に時間がかかって、しかも大した仕事がないんだ。金に余裕がないと、仕事を待ってる間に空腹で倒れてしまう。そんな奴らは結局町から出られず、広場で物乞いだ。新天地に来たのに路上生活は嫌だろう? 今日すぐ仕事ができて、その場で金も貰える仕事だよ」
リリィは悩む。
「身一つあれば稼げる。簡単で、時間もかからない。見たところお嬢さんは急いでるみたいだね、なら悩む必要なんてない。ほんの数回で金が溜まる」
「……分かりました。お願いします」
決意を込めた表情でリリィは頷いた。
その夜、男性に案内されたのは、町の裏通りにある小さな家。
リリィは息が詰まるような、苦しさを覚えた。
薄着の女性が、リリィと年も変わらない少女もいる。虚ろな表情で出番を待っている。
「お、新入りか……こりゃ上玉だなぁ」
タバコを銜えた太い男は、リリィの足先から頭まで舐めるように見つめてくる。
背筋が震え、リリィはフードを深くかぶった男性を見上げた。
「でしょ、良い子スカウトしましたよ」
そう言って、太い男に手を伸ばす。
「仕方ねぇな。あ、だがこの前の女はダメだ、その分引くぜ」
束になった紙幣から数枚引いて、残りをフードの男に渡す。
「なんだよ、ちっ」
フードの男はリリィのことなど見向きもせず、立ち去ってしまう。
リリィは戸惑いを隠せず、太い男に怯える。
「よし、じゃあお嬢さん、名前は?」
「り、リリィです」
「ふんふん、リリィ……ここはな、戦争で心に傷を負った兵共を癒す場所だ」
リリィは首を傾げる。
「あいつらは、王国から保護されてるから金はある。だが、それだけでは癒されない。まぁ説明よりも実際に仕事をした方が分かるってもんだ。綺麗な体ほどゴールドはたくさん稼げる……まずは俺が品定めを」
「お客さん一名入ったぜ」
奥から声が聞こえ、太い男は舌打ち。
「まぁいい、よし、リリィ、早速仕事だ」
「え、あの、一体どんな?」
「いいから行ってこい!!」
太い男の怒声に、身体を震わしたリリィは強引に背中を押されて奥の部屋に押し込まれてしまう。
「いいか? 客が入ってきたら、抵抗せずに、客が望むことをさせてやれ、いいな!」
部屋が揺れるほど、扉は強く閉められた。
狭い部屋、あるのはベッドだけ。蒸れたような汗の臭いが充満していて、リリィは手で口と鼻を押さえる。
後ろで扉が開いた。
荒い息がして、振り返ってみると、ギラギラとした目つきでリリィに笑顔を浮かべる男性がいた。
筋肉もほどよくつき、健康的な体型。そして異様に明るい。
「や、やぁ、君、見ない顔だね? 新しい子? もしかして、まだ誰ともやってない?」
「え、あ……いや」
男性の大きな手がリリィの両手を包み込んでくる。
リリィはうまく声を出せず、気付けば目からボロボロと涙が溢れていた。
「な、ん、なんで?!」
涙に驚いた男性は、明るい表情が一変、険しい表情で首を乱暴に振って膝をつく。
「な、なんで泣くの? なんで、なんで、どうして、酷いじゃないか! 俺が嫌いか?! 嫌いなんだろ!?」
叫びながら、服の内側からナイフを取り出し、何を思ったか突然自らの胸を突き刺した。
何度も、何度も突き刺し、狭い部屋に血が溢れる。
異様な光景に引き攣り、リリィは声が出せずにその場で凍り付いてしまう。
騒動に駆け付けた男達がすぐに客の男性を運び出していく。
ぐったりとして、抵抗もないままどこかへ連れていかれた。
「リリィ!!」
太い男の手がリリィの頬を叩いた。
鼻から血が飛び、顔の一部は内出血で青くなっている。
「抵抗するなって言っただろ! 死体の処理も面倒だってのに、店の信用問題にも関わるんだよ、分かってんのか?!」
今度は革ベルトを握り、リリィの身体に打ち付けた。
「っうぅ!!」
地面に倒れ、リリィは痛みに苦悶の表情を滲ませる。
「金を稼ぎたきゃ黙って体で払え! おら」
革ベルトを振り翳した。リリィは瞼を強く閉ざす。
何か、肉が斬れるような音が響いた。
「あ……ぁあ?」
太い男は弱々しい声を上げて、革ベルトを地面に落とす。
膝をつき、顔を青ざめながらうつ伏せに倒れてしまう。
「……?」
リリィは恐る恐る、瞼を開いた……――。
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