第308話 鍵の持ち主

「さっさと寄越せ」


 エスパルザは右手を差しだし、俺の持つ女神の鍵を渡すよう迫ってくる。

 ……バカな。

 あり得ない。

 この女神の鍵は、俺がレックスたちに囮としてモンスターの前に放りだされた際、なんとか逃げ延びた先で見つけたお宝だ。断じてヤツの物ではない。


「断る!」


 俺は毅然とした態度で言い放った。

 それを受けたエスパルザは落胆したように大きくため息をつく。


「そこのお仲間たちはどう思う? この少年が俺の鍵を盗むわけがないと思うか?」

「当然じゃない!」


 真っ先に返答したのはイルナだった。

 それから、


「私たちはフォルトを信じているわ!」

「フォルトさんがそのようなことをするはずがありません!」

「長い付き合いで、私たちにはそれが分かるんです!」

「フォルトは正しい……」


 ミルフィ、ジェシカ、マシロ、トーネ――これまで苦楽を共にしてきた仲間たちからの信頼に、俺はちょっと泣きそうになる。追い打ちをかけるようにウィローズも「わたくしが認めた殿方であるフォルトさんを泥棒扱いとは……不愉快ですわね」とこちらの味方に回ってくれた。


 全員の反応を見た後、エスパルザはさっきより大きめのため息をつく。

 それから俯き、肩を震わせ始めた。

 何をしているのかと疑問に思って近づこうとすると、急に顔を上げて、


「なんと美しい絆だ……見えるぞ。おまえたちはこれまでさぞ楽しい冒険をしてきたのであろう」


 そう語り、なぜか泣きだした。

 な、何なんだ、こいつは……掴みどころがなくて本当に不気味だ。


「――だが、その数々の甘美で輝かしい日々は俺の鍵がもたらした恩恵……もう十分楽しんだだろう? そろそろ持ち主に返してくれないか?」

「いや、だから、この鍵はダンジョンで俺が見つけた物だ!」

「そうか……では――」

 

 そこで、エスパルザは声とともに姿も消えた。


「なっ!?」


 どこに消えたのかとみんなで捜しているうちに、


「君から奪うとしよう」


 いつの間にか、俺の背後に瞬間移動していた。 

 これもヤツの持つアイテムの力なのか?

 予想外すぎる相手の行動に意表を突かれた俺は、咄嗟に動きだせなかった。そこを突いてエスパルザは鍵を奪おうと手を伸ばす――次の瞬間、「バチッ!」という激しい音と閃光、そして衝撃が襲った。


「ぐっ!?」


 どうやら、エスパルザが鍵に触れたと同時に電撃が発動したようだ。

 それにしても……妙だな。

 今までこんなこと一度もなかったのに。


「俺を拒絶しているだと……?」

「その通りですよ、エスパルザ」


 俺たちと距離を取って動揺しているエスパルザに声をかけた女性。

 それは――


「大人しく本来いるべき場所へ戻りなさい」

「ルナリア……!」


 聖女ルナリア様だった。

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