第288話 旅立ち


 水の精霊王ビセンテ。

 彼は俺たちがレニーを精霊界へ帰してやりたいという願いを聞き入れてくれた。


「最近はいろいろと物騒な話題が多かったが……久しぶりにいい報告ができる」

「よ、よろしくお願いします」

 

 緊張気味のレニーに優しく微笑んだビセンテは、泉へと振り返ると指をパチンと鳴らす。それをきっかけに、泉が輝きだした。


「この泉へ飛び込めば、その先は精霊界だ」

「精霊界……」


 ゴクッと息を呑むレニー。

 飛び込む覚悟を決める前に、彼女は俺たちへと向き直った。


「ありがとう……あなたたちのことは一生忘れないわ」

「俺たちも、君との出会いを忘れることはないよ」


 そう告げると、イルナたちも一斉に頷いた。

 大図書のダンジョンではいろいろあったけど……まあ、今こうして振り返ったらいい思い出になっているよ。

 最後に握手を交わすと、レニーは俺たちに笑顔で手を振りながら泉へと入っていく。


「私からもお礼を言わせてくれ。同じ精霊族として、本当に感謝している」

「そ、そんな……」

「これはせめてもの気持ちだ。旅の役に立ててもらえたら嬉しい」


 ビセンテはそう言うと、手のひらサイズの小瓶を俺に手渡した。


「こ、これは……」

「こいつは災いを避ける聖水だ。どうにもならないくらい困ったことがあったら、こいつを飲んでみるといい」

「は、はい」


 水の精霊王の加護付き聖水――なんか、とんでもない効果をもたらしそうではあるな。


「では、私もこの辺で失礼するよ。また縁があったら会おう」


 最後にビセンテはそう告げて、泉へと飛び込む。

 しばらくすると、輝きは消えて先ほどまでと変わらない普通の泉の姿へと戻った。どうやら、精霊界へと続く道が閉じたのだろう。


「なんだか……ちょっと寂しくなるわね」


 ボソッとイルナが呟き、そこでレニーがいないという事実をようやく実感する。

 短い間だったけど、いい子だったし……みんな寂しそうな表情をしていた。


 少し沈んだ空気が流れる中、それを変えるようにパンと手を叩いたのはジェシカだった。


「さて、これからどうします?」

「これから――当然、聖都を目指すよ」


 少し道を外れてしまったが、今からでも十分修正可能。

 地図を広げ、これからどのようなルートで王都を目指そうかみんなで話し合いをすることに。


「時間的にも、今日はここでキャンプかしら」

「それなら、テントの準備をしておきますね」

「手伝う」


 ミルフィ、マシロ、トーネもヤル気満々だな。

 

 ――聖都は俺たちの旅におけるひとつの終着点。


 そこにたどり着けたら、きっと新しい景色が見える。

 なんとなく、俺はそう思うのだった。

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