第148話 消えたイルナ

 イルナが消えた。

 その衝撃的な事実は、俺たちパーティーに暗い影を落とすこととなる。

 しかも、直前まで一緒にいたジェシカとマシロ曰く、いなくなったとされる場所はアメリーの父親が行方をくらませた、あの狭いダンジョンだと言う。


「…………」


 俺は腕を組み、そのダンジョンをにらみつけていた。

 一体、どうやったらここで消えるっていうんだ?


 考えられる可能性は……隠し部屋だ。

 それしかあり得ない。


 だが……何度そのダンジョンを見ても、隠し部屋らしきものは発見できなかった。


「くそっ! どこへ行ったんだ、イルナ!」


 何もできない悔しさを晴らすように、俺はダンジョンの壁を叩く。力を入れすぎたせいで出血してしまったが、そんなことは気にならなかった。それよりも、イルナの安否が心配だ。


「落ち着いて、フォルト。こういう時こそ冷静にならなくちゃ」


 血の滴る拳をそっと自分の手で包み込んだミルフィは、治癒魔法でその怪我を治してくれる。


「そうですよ、フォルトさん」

「必ずイルナは見つける」

「私も頑張ります!」


 ジェシカ、トーネ、マシロの三人もあきらめていない。

 ……そうだ。

 あのイルナが簡単にくたばるわけがない。今も、ここから移動した先で、「早く迎えに来なさいよ!」とナックルダスターを装着した両手をガンガンとぶつけるいつもの癖をしながら言っているに違いない。


 俺たちは一度情報を整理するため、宿屋へと戻ることにした。

 待っていろよ、イルナ。 

 必ず助けに行くからな。




 ――と、息巻いたのだが、宿屋に併設する食堂で俺たち五人は頭を悩ませていた。


「う~ん……一体どうしてイルナは消えてしまったんだ……?」


 この言葉も、もう何回口にしたか。

 苦悩し、なんとかしなくてはと焦る俺たちのテーブルに、大盛りのパスタに人数分のハンバーグが乗ったお皿が降臨した。


「ほら、これでも食って元気だしな」


 そう言ったのは食堂の料理人である宿屋の女将だった。


「悩んだ時は食うに限る! あんたたち、帰ってから何も食べてないだろ!」

「そ、それは――」


 俺が口を開いた瞬間、「ぐぅ」とお腹の音が鳴る――それも、五人分。

 俺だけじゃなく、みんなも空腹だったのだ。


「それはあたしの奢りだよ。しっかり食って悩みなんか吹き飛ばしちまいな!」

「あ、ありがとうございます!」


 悩みとはまた違うのだが、それでも、女将の気遣いが嬉しかった。

 早速、特盛パスタバーグをいただく。


「「「「「おいしい!」」」」」


 全員の声が綺麗に重なり合う。

 ……こんなおいしい料理……イルナにも食べさせてあげたかったな。


「――うん?」


 イルナのことを考えていたら、一枚の絵が視界に飛び込んできた。食堂に飾られたその絵はこの町の男たちを描いたものらしい。


「ああ、あの絵かい? 何年か前に旅の絵描きがこの村に来てね。あまりにもやつれていたから声をかけてみると、金がないって言うのよ。それで、見かねたうちの旦那がタダで泊めてご飯をあげたのよ。その画家は喜んでねぇ。この絵はそのお礼ってことで描いてもらったのさ」


 な、なるほど。

 女将だけじゃなく、主人もとんでもなくいい人だったのか。


 ……あれ?


「……女将」

「なんだい?」

「あの絵の右端にいる男の人って……」

「アイテム屋の店主だよ」

「! じゃ、じゃあ、アメリーの!」

「父親だよ。……まったく、あんな小さくて可愛い子を放って、今頃どこで何をしているのやら」


 ため息交じりに語る女将。

 ――なるほど。

 俺はその絵を見て閃いた。

 アイテム屋の屈強な主人とイルナ……一見すると共通点なんかなさそうなふたりだが、意外なところに接点があった。この絵がなければ、俺はそのことに気づくことができなかっただろう。


「みんな、聞いてくれ――明日の早朝、またあのダンジョンへ行く」

「な、何か分かったんですか?」

「その通りだ、ジェシカ。……もしかしたら、イルナのところへたどり着けるかもしれない」


 俺たちは明日の朝――準備を整えて、イルナの救出に向かうことを決めた。

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