第95話 伯爵邸へ

 次の日。

 霧のダンジョンを攻略し、新たに森のダンジョンとして生まれ変わった報告をするために、俺たちはこの領地を治めるフローレンス伯爵の屋敷を目指していた。


 今回も御者はイルナが担当。 

 俺たちは荷台で伯爵邸への思いを語っていた。


「伯爵の屋敷か……どんな感じなんだろう」

「うちのお婆ちゃんの家よりずっと立派ですよ」


 ジェシカのお婆さん――フランベール・マードリー(通称・フラン婆さん)といえば、このゾルダン地方にあるギルドの支配人をしている。あの人の家も相当大きくて立派だったが、やはり貴族ともなればもうワンランク上の屋敷なのだろう。


「パパの話だと、冒険者について理解のある御方って話だけど……くれぐれも粗相のないようにしてよ」

「分かっているって」


 粗相、か。

 そういったことと無縁なのは俺とミルフィだな。

 ジェシカやイルナはフラン婆さんやリカルドさん絡みの案件で貴族のパーティーにも行ったことがあるらしいし、マシロはマシロで要人たちを集めたパーティーへの出席経験がある。三人とも、その際はマナーの手ほどきを受けたという。


「…………」


 今さらだけど、緊張してきたな。


「あっ! 見えて来たわよ!」


 イルナの言葉を受けて、荷台に座る全員が前方へと視線を向ける。


「「「「おおっ!?」」」」


 イルナを除く俺たち四人は思わず声をあげた。

 広大な平原に忽然と姿を現した大豪邸。

 四方は高い塀に囲まれ、厳重な警備が見て取れる。

 その向こうに、ここからだとわずかしか見えないが、白い外壁の屋敷がどっしりと構えていた。


「な、なんていうか……凄いな」

「うん……凄いわね」

「凄いです……」


 俺とミルフィとマシロは語彙力が消失。

 ただただ「凄い」を連呼するだけ。

 一方、


「確かに貴族の屋敷なのですから、厳重にするのは当然――それにしても、いかんせんやりすぎな気がしますね」


 ジェシカは冷静に分析していた。

 それに対し、こちらも比較的冷静なイルナが尋ねる。


「過剰防衛ってこと?」

「えぇ。以前、別の貴族のお屋敷に招かれたことがあるのですが、さすがにここまでではなかったですね」

 

 サラッと凄い情報出したな、ジェシカ。

 まあ、お婆さんがあのフラン婆さんなら、それくらいの経験はあるか。


「つまり……常にこれほどの警戒をしていなければならないほど、フローレンス伯爵って人は誰かに狙われている――とか?」

「……なるほど」


 イルナの指摘はきっと正解だろう。

 リカルドさんも言っていたが、フローレンス伯爵は貴族には珍しく、冒険者に対して理解ある言動を取る人物だという。

 特に、ダンジョン経営が主な財源であるこのゾルダン地方は、他に比べてよりその意識が高いというのは必然――とはいえ、やはり生まれ育った環境の違いから、代々の領主は今の領主ほど冒険者寄りではなかったらしいが。


 やがて、俺たちは検問所のようなところへと通され、そこで身分と手荷物の確認を行った。俺たちの身分はフラン婆さんのお墨付きであるため、特に問題なく敷地内へと入ることができた。


 一面に美しい花々が咲き乱れる庭園。

 一見すると穏やかな光景だが、ここでもあちこちに武装している兵士たちが鋭い眼光を飛ばしている。


 ……一体、フローレンス伯爵っていうのはどういった人物なんだ?

 さまざまな疑問が浮かぶ中、俺たちはとうとう屋敷の中へと案内された。


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