第90話 探索開始

 霧のダンジョンが見せた真の姿。

 立ち並ぶ木々の間を進んでいると、まるで森の中を散策している気分になってくる。

 

「モンスターはいつどこから襲ってくるか分からない。みんな油断するな」

「当然でしょ」

「フォルトも気をつけてね」

「油断は一番の大敵ですからね」

「う、うん」


 俺の呼びかけに、全員が応える。

 その返答内容にも性格が表れるな。

 ――などと思っていたら、


 ガサガサガサ!


 近くの茂みが揺れる。

 そして、


「ブオオオッ!」


 そこからモンスターが飛びだしてきた。

 以前、草原のダンジョンで戦ったツリーシャークのように、全身が木でできた巨大な猛牛だった。


「ツリーバイソン!?」


 ジェシカが叫ぶ。

 なるほど……ツリーシャーク同様、見た目そのままの名前だな。

「ふん! この聖女の拳で打ち砕いてやるわ!」


 真っ直ぐこちらへ突っ込んでくるツリーバイソンに対し、イルナもまた一直線に向かっていく。

そして、自慢の拳がツリーバイソンの額を捉える。

鈍い衝撃音の後、ツリーバイソンはそのあらぶっていた動きを止めた。

しばらくするとズシンと音を立てて倒れ、宝箱へと姿を変える。


「助かったよ、イルナ」

「あれくらいチョロいわよ♪」


 ドヤ顔のイルナへ、女子たちは「凄い!」と絶賛の嵐。

 さすがはうちの格闘戦スペシャリスト。

 あの巨体のツリーバイソン相手にもまったくパワー負けしていない。


「ところで、ドロップした宝箱は?」


 ミルフィの言葉でハッと我に返った俺は、ツリーバイソンが消滅した場所へと目を向ける。そこには、


「大きな銀の宝箱だ」


 これは中身に期待が持てそうだ。

 早速、鍵を使用して中を確認すると、


「うん? これは……」


 現れたのは見慣れないアイテム。

 一見するとイヤリングのようだが、


「これは【歌姫のイヤリング】ですね」


 アイテムマニアのジェシカはひと目でアイテム名を口にする。

 希少価値などについて調べるためカタログを開くと、確かに同じ名前のアイテムだ。


「どんな効果があるアイテムなの?」

「これを装着して攻撃魔法を放つと、威力が増すんです」

「攻撃魔法の強化アイテムというわけか」

「なら、攻撃魔法が使える人が装着しないとね」


 イルナの言う通り、このアイテムは攻撃魔法が使える人間でなければその効果を引き出すことができない。

 となると、


「なら、これはマシロが装備してくれ」

「わ、私ですか!?」


 俺からの提案を受けたマシロは少し戸惑った様子。

 効果はもちろんだが、マシロならこのイヤリングが似合いそうだというイメージ的な意味もあった。

 他のメンバーも「それがいい」と賛成してくれているし。


「じゃ、じゃあ……」


 なぜだか恐る恐るイヤリングを装着するマシロ。


「ど、どうでしょうか」

「凄く似合っているよ」

「あ、ありがとうございます」


 いつにもましてお淑やかなマシロ。ひょっとして、イヤリングをするのが恥ずかしかったのか?


「マシロ、イヤリングに抵抗があるのか?」

「い、いえ! そういうわけじゃないんです。……ただ、こういった装飾品を身に付けるのは慣れていないので」


 ああ、そういうことか。


「大丈夫。さっきも言ったけど、良く似合っているよ。これはお世辞なんかじゃない」

「フォルトはお世辞が言えるほど起用じゃないものね」


 うっ。

 ミルフィの鋭い指摘に、俺は何も言い返せない。

 イルナとジェシカも「うんうん」って頷いているし。


「まあ、ともかく、ふたりの言う通り、似合っているんだから安心しなさい」

「綺麗ですよ♪」

「わ、分かりましたから」


 動揺するマシロのリアクションを楽しみつつ、俺たちはダンジョン探索を続けるのだった。

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