第88話 とっておきの方法

「「「「「霧を封印?」」」」」」


 何を言っているんだ? 

 全員のリアクションは総じてそんな感じだった。

 しかし、「封印」という単語に聞き覚えはあったようで、特にジェシカとミルフィはすぐにこちらの意図を読み取った。


「なるほど、そういうことですか」

「名案かもしれないわね」

「えっ?」

「つ、つまりどういうことなんですか?」


 未だにピンと来ていないイルナとマシロに、ジェシカが説明をしていく。


「砂漠のダンジョンで遭遇したアサルトスコーピオンの時と同じですよ」

「つまり?」

「霧を封印するんです」

「「???」」


 ……まあ、そうなっちゃうよな。

「霧を封印する」――俺がこれからしようとしていることはそれ以外に表現しようがないからだ。


「じゃあ、やるぞ」


 俺は鍵を構える。

 やるべきことはさっきジェシカが言ったまま。

あの時――砂のダンジョンでアサルトスコーピオンを封じ込めた時と同じだ。


 ただ、懸念すべきは対象が生物ではなく霧という点。

 アサルトスコーピオンを封印する際は、地面から現れた大きな黒い鎖が、その巨体に巻きついて動きを止め、宝箱に閉じ込めて南京錠を施錠し、相手を消滅させた。


 今回は実体のない霧。

 果たして、うまくいくかどうか。


やがて、地面から黒い鎖が出現。

あの時はアサルトスコーピオンへ真っ直ぐに飛んで行って巨体をがんじがらめにしたのだが、今回はどうなるか。

 

 ギュルギュルギュル――


 周囲を走り回る黒い鎖は、視界を遮る白い霧を一点に集めていく。

そのまま縮小していき、すべての霧を宝箱の中に封じ込める。そして、俺の目の前に南京錠が現れた。


「施錠完了――と」


 とりあえず、想定通りに事は運んだ。

その後に残ったのは、


「うわっ!」


 驚きの光景だった。


「これが……霧のダンジョンの正体……」


 イルナが呟き、全員がキョロキョロと辺りを見回している。

狙い通り、鍵の力で霧を封じ込めたため、これまで霧に隠されていた洞窟の全体像がハッキリとわかるようになった。それを踏まえての第一印象は、


「狭いっ!?」


 だった。

 そう。

 霧のダンジョンは驚くほどに狭かったのだ。

 天井もそれほど高くなく、これまで潜って来たどのダンジョンよりも狭い場所だった。


「こんなに狭かったなんて――て、それじゃあ、あのモンスターの声は?」


 ミルフィの疑問で俺も思い出す。

 あの獰猛そうな獣の咆哮。

 見渡す限り、モンスターのモの字も見えないが、一体あれはなんの鳴き声だったんだ?

 と、その時、


グオオ!

 バアァ!


「「「「「「!?」」」」」」

 

 全員が身構える。

 いないと安心していた矢先にあの鳴き声だ。


 しかし、やはり姿は見えない。

 唸り声だけが延々と狭いダンジョン内に轟いている。


「もしかして……」


 最初に異変を察知したのはマシロだった。


「どうかしたのか?」

「いえ、以前話に聞いたことがあって……」


 そこまで話すと、マシロはフラフラと歩き出す。その視線は天井に向けられていた。どうやら、天井にこの鳴き声の秘密があるらしいが。


「! ありました!」

 

 マシロは何かを発見し、叫んだ。その声につられて、後を追っていた俺もマシロが叫んだポイントを見上げてみる。そこには、


「穴が開いている?」


 ポッカリと開いた穴。

 そこから真っ青な空も見えていた。


「私がドン・ガーネスのもとで働いていた頃、解錠依頼にやって来たひとりの冒険者が旅の思い出話として語ってくれた中に、『獰猛なモンスターの鳴き声がしたんで慎重に進んでいたら隙間風がそう聞こえていただけだった』と」

「そうか。天井から入り込んだ風が反響していたのか」


 この周辺はよく強い風が吹くらしく、今もそこから入り込む音が「グオオ」とか「ギュウゥゥ」とか、まるで肉食獣の唸り声のように響き渡っている。


「ったく、紛らわしいダンジョンね」

「でも、そうなるとこのダンジョンって、宝箱をドロップするモンスターがいないということですか?」

「それってダンジョンって呼べるのでしょうか」

「……呼べないだろうな」


 マシロの指摘はもっともだ。 

 これじゃあ単なる洞窟探検に終わってしまうが――本当に、このダンジョンには何もないのだろうか。

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