第60話 塔の秘密

「塔の二階……」

「うむ。まあ、まずはあそこを見てごらん」


 おもむろに、グレイスさんはある場所を指差す。

 そこには窓があり、外の景色を一望できるのだが――問題はその奥にある岩壁だ。一見すると何もないように見えるが、中腹部分に穴が開いており、そこから地上へ向けてロープが落とされている。


「この食堂の経営者である元冒険者は、あそこからこの塔までやってきた。ここは、あるダンジョンの入口からすると最深部に当たるんだ」


 その最深部に徒歩十分(モンスターとの戦闘時間は除く)で着ける入口が、フローレンス伯爵の屋敷前に現れたってわけか。


「ダンジョンの入口が出現する条件ってなんなんですか?」

「詳細は不明だ。……そうした不可思議な部分もダンジョンの魅力なのだがな」

「じゃあ、どうしてあの店主は塔の攻略をあきらめて食堂と宿屋の経営を?」

「簡単な話だ――ないんだよ」

「ない? 何が?」

「二階へ上がる術さ。あの塔の一階には階段がない――上の階に行く手段がないんだよ」

 

 上の階へ行く手段がないって?

 だとしたら、あの塔の上は、


「……ただ高いだけで、上に部屋は何もない?」

「あそこの食堂の経営者は十年間調査したが、結局その結論にいきつき、あきらめて何もなかった塔の一階部分に食堂をオープンさせたんだ」


 十年……かなり頑張ったんだな。


「ちょうど時を同じくして、フローレンス伯爵とは別の貴族――私の依頼人がこの聖窟の塔攻略に向けて多くの冒険者を差し向けてきたから客にも困らなくてあの繁盛ぶりだ。皮肉なもので、今の彼は冒険者をしていた時よりもずっとハツラツとしている」


 グレイスさんの口ぶりから、どうやらあの食堂の経営者の元冒険者というのは知り合いであるらしかった。


「店主が十年もかけて探したのに見つからなかったのなら……本当にあの塔の上には何もないんでしょうか」

「……そうは思えないけどな――ん?」


 言い終えた直後、俺の右目に異変が起きた。

 最初は気のせいだと思った。

 でも、あれって、


「どうかしたかい?」

「その……あそこに黄色いオーラのようなものが……」

「何?」


 俺は目に見える真実をありのまま伝えた。だが、


「? どこにもオーラなんてないわよ?」


 首を傾げるイルナ。

 他のみんなも見えていないようだ。

だが、俺にはハッキリと見える。元冒険者がこの塔へたどり着くために設置したロープのすぐ横の岩肌が黄色いオーラをまとっているのだ。


 過去に例のない現象に戸惑いつつも、俺の脳内にはある一つの仮説が浮かび上がっていた。


「もしかして……あそこに《隠し部屋》がある?」

「!? ……なぜそう思う?」

「えっと、なんとなく、オーラっぽいものが見えて……」

「オーラ? ……ふむ。君にしか見えない隠し部屋のオーラか」

「あくまでも俺の直感でなんの根拠もない仮説ですけど」

「そういうインスピレーションもまたダンジョン攻略には必要不可欠なものだ。早速そのオーラのある岩壁周辺を調査してみよう」


 うん?

 なんだか話の流れ的に、共同調査ってことになっている?


「おっと、その前に、これだけはハッキリとさせておきたい」

「な、なんですか?」

「今回の私のダンジョン調査の内容は宝箱のドロップ検証ではない。なので、ドロップした宝箱はすべて君たちに譲る」


 グレイスさんの提案は俺たちからするとラッキーなものだけど、


「い、いいんですか?」

「私は伯爵から報酬を受け取る条件が他の冒険者とまったく異なるんだ。だから躍起になってモンスターを倒す必要はない」


 そ、そうだったのか。

だとすると、ひとつ疑問が浮かぶ。

その疑問を、ミルフィが代弁して伝えた。


「その依頼内容ってなんなんですか?」

「ふむ……まあ、隠すほどのことでもないから言ってしまってもいいか。雇い主からは特に伏せておくようにと言及されたわけでもないし、何より、君たちのしているドロップ検証に比べたら内容としても軽いし」


 その辺の守秘義務とか、結構ガバガバなんだな。


「私が依頼されたのはこの塔の調査だ」

「塔の調査? それって、ドロップ検証とか出現するモンスターの種類とかじゃないんですか?」

「私が調べるよう依頼されたのはこの塔自体のことについてだ。いつ頃に建てられ、どのような建築方式を採用しているか。また、そもそも何を目的としてこの塔は造られたのかという点だな」


 まるで考古学者だな。


「そういう遺跡調査みたいな依頼って過去にもあったんですか?」

「まあね。そもそもダンジョンという場所自体に謎が多いし」

「言えてますね」


 実体験がこもっているジェシカの言葉だった。


「遺跡やダンジョンは歴史を紐解く大きな鍵でもあるからね。私が敬愛する蛇の獣人族の考古学者も、世界中を飛び回りながらそういう研究をしているよ。別大陸にあるここよりもっと大きなテリオン帝国という国では、国がダンジョンを完全管理しているってところもあるよ」


 ただ潜って狩りをしていた俺たちは知る由もなかったが、世界じゃダンジョンをそんなふうに扱っている国もあるのか。

 いつか、みんなと一緒に、世界中にあるすべての聖窟に潜ってみたいな。


 ――と、思っていたら、



「邪魔するぞ!」



 どこかで聞いたことのある声が、ダンジョン食堂に響き渡った。

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