第51話 謎の少女マシロ

「危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」


 感謝の言葉を並べたのは、俺たちが助けた白髪でオッドアイの少女――名前はマシロというらしい。


 レックスたちが逃げ帰ったあと、気絶したマシロを俺たちの新しい拠点地まで運んだ。

 そこはすでに改装や掃除などが終わっており、まるで新築のように綺麗だった。


事情をリカルドさんたちに説明し、まだ使用していない客室にあるベッドへそのまま横にして寝かせておく。外傷はなく、呼吸も落ち着いていたことから、重症でないと判断してゆっくり寝かせておいたのだ。


 マシロは一時間ほど経ってからゆっくりと起き、新しい拠点地の見学とバッシュさんに関する報告を終えた後、リビングくつろいでいた俺たちのもとへやって来て開口一番さっきのお礼を述べた。気絶する直前までの記憶が鮮明に残っているらしく、俺たちに助けられたこともはっきりと覚えていたらしい。


 まずは俺たちが軽く自己紹介をした。

それから、マシロの番になったわけだが、俺たちがもっとも驚いたのはマシロの職業だった。


「仕事は歌い手をしています」

「歌い手? えっと……つまり、歌をうたって報酬をもらうと?」

「はい」


 俺は改めてマシロを見つめる。


「な、なんでしょうか?」


 歌い手ということは、つまりアーティストってわけだ。

 アイドル路線か、それとも歌唱力勝負か。

 照れて頬を赤くしながら目線を逸らすマシロ。うん。この子は前者――アイドルだ。間違いない。そういう路線で売り出していたはずだ。


「歌い手? マシロ? ――うおっ!」


 突然、リカルドさんが素っ頓狂な声をあげた。


「おまえ! ガーネスシアターの《歌姫》マシロか!」

「は、はい。そうですが……」

「えっ? パパ知っているの?」

「知っているも何も超有名人だ!」


 リカルドさんだけじゃなく、周りの反応から察するに有名人であるらしいが、俺たちのパーティーメンバーはあまりピンと来ていないようだ。


「イルナはともかく、他三人も知らないか。うん。一度みんなで歌劇でも見に行くか」


 ため息を交えながらリカルドさんが言う。

 確かに……俺やミルフィは幼い頃からそういったものとは縁がなかった。

 俺だけじゃなく、武骨な冒険者が多いこの街で、歌や劇なんて見せたらただの昼寝タイムになってしまうだろうな。リカルドさんみたいな、文化面にも造詣があるタイプは珍しい。


「それで、ガーネスシアターって何なんですか?」


 ミルフィが質問すると、リカルドさんは咳払いを挟んでから話し始める。


「ガーネスシアターとは、このレゲン大陸で一番の興行場で、主に演劇や音楽を行うための施設だ。オーナーの名前はドン・ガーネス――悪名高い王宮解錠士ロイヤル・アンロッカーだ」 

王宮解錠士ロイヤル・アンロッカー……」


 ……また王宮解錠士ロイヤル・アンロッカーか。

 でも、わざわざ「悪名」ってところを強調しているあたり、バッシュさんとはまったく正反対の人物なのだろう。

 さらに、マシロが追い打ちをかけるような情報を。


「さっきの追手はドン・ガーネスオーナーの手下で、黒蜥蜴という名前の冒険者パーティーに所属している者たちです」

「黒蜥蜴……最近、よく名前を耳にするが、あまりいい噂は聞かないな」


 リカルドさんの表情が険しくなる。


「彼らはシアターでの生活に耐えられなくなって逃げ出した私を連れ戻しに来たんです。私は……もうあそこへ帰りたくない……」

「マシロ……」


漂う不穏な流れ。

 俺としては、マシロを助けたい。

 ただ純粋にそう思った。

 すると、ここでリカルドさんが、


「……それで、マシロはこれからどうするんだ?」

「どう、しましょうか……頼るあてもありませんし……」

「だったら俺たちのパーティーに加わるか?」

「ええっ!?」


 さすがは歌姫と呼ばれるだけはある。驚いた声も透き通るほどに美しい――て、そうじゃない。


「お、おい、リカルド!」

「大丈夫なの!?」


 エリオットさんやアンヌさんも声をあげる。

 だが、リカルドさんは意に介さない様子。


「問題ない。うちにいたらいいさ」

「で、でも、私がいると、さっきの黒服さんたちがまた来るかもしれませんよ!」

「そうなったらまたフォルトが返り討ちにするさ」

「えっ!?」

「冗談だよ。まあ、この街にもだいぶ溶け込めたし……正直、龍声剣や破邪の盾を持つフォルトのそばにいた方が安全だろうよ」


 治安維持部隊のワルドさんをはじめ、この街での顔見知りもだいぶ増えてきた。少なくともこの街にいる限りは下手に狙われることなどないだろう。それに、リカルドさんが言ったように、俺もマシロを守るために戦う。


「みんなもいいか?」


リカルドさんが尋ねると、みんなからは「異議なし」の声があがった。

 リカルドさんの根底にある「困っている人を放っておけない」という性分を、みんなよく理解していらっしゃる。


「い、いいんですか? 本当に?」

「本当だよ。今日からここが君の居場所になる。これからよろしくな」

「で、でも、あの人たちはきっとあきらめませんよ?」

「さっきパパが言っていたじゃない。返り討ちにすればいいだけよ」


 拳をガンガンとぶつけながら、イルナは頼もしい言葉を口にする。


「私たちも協力するわ」

「お任せください」


 胸をドンと叩いたミルフィに、優しく微笑むジェシカ。

 ふたりも協力してくれるようだ。

 もちろん、他のメンバーも気合十分。

 と、ここで、


「ただ、ちょっと、これだけは確認しておきたいことがあるんだが」


 リカルドさんがそんなことを言いだす。


「な、なんでしょうか」

「マシロの歌声には魔力が込められているという噂があるのだが……あれは本当なのか?」


 歌声に魔力?

 そんな特性を持った人間もいるのか。

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