第38話 それから……
気がついたのかついていないのか。
意識が覚醒したのかしてないのか。
――違う。
もっと根本的なところから「曖昧」だ。
目を開けているのか。
呼吸をしているのか。
そもそも生きているのか。
生と死の境界さえ曖昧にさせてしまう空間。
それでも、不快感はない。
たとえるなら、漠々たる水源に身を預けて漂う木の葉のような気分だった。
〈思ったよりも早いですね〉
声がした。
忘れもしない……あの鍵の声だ。
〈ですが、まだ完全には程遠い……これから次第ということでしょうか〉
心なしか、楽しげに聞こえる鍵の声。
そのあともあれやこれやといろいろと話しまくる。俺がレックスのパーティーに見捨てられてからこの砂漠のダンジョンへ潜るまでの過去話ばかりだった。
……このまま向こうばかりに話し倒されてたまるかよ。
俺には、聞きたいことが山ほどあるんだ。
なんとかその声との会話を試みるが、俺の口はまったく動かない。いつもそんなの気にしなくても声は出るのに……信じられない話だが、なぜだかこの時、俺は声の出し方を完全に忘れてしまっていた。
〈ふふ、やはりまだこの空間内では話せませんか〉
どうやら、俺が話せないことを向こうは知っているらしい。
一体……何者なんだ?
……待て。
前にもこんなことがあったぞ。
何かを思い出そうとしていて……それから――
〈さて、そろそろ私は消えるとします。また、近いうちにお会いしましょう〉
結局、俺は鍵の声に何ひとつ言い返せないまま、急速に頭の中の靄が晴れていって――
「フォルト!」
視界いっぱいに広がるイルナの顔。
「よかった!」
全身を包む柔らかい感触。
鼻腔をくすぐるいい香り。
これらの情報を解析し終えたところで、俺はイルナに抱きつかれているのだと認識することができた。
さらに、
「よかったです、フォルトさん!」
今度はジェシカだ。
「ふたりとも……」
抱きつかれているため顔は見られないが、明らかにふたりは泣いていた。俺のために涙を流してくれる存在がいる――その事実だけで、なんだかこっちまで涙ぐんできちゃったよ。
とりあえず、泣きじゃくっているイルナを引きはがして話を聞くことにした。
「俺は……あれからどうなったんだ?」
ダンジョンで、アサルトスコーピオンを封印の鍵を使って封じ込めてからの記憶が、「なんか見たことない鍵を使ってモンスターを倒した」くらいの曖昧なものしかないので、現状を把握しきれないでいた。
イルナにいろいろと教えてもらおうとしたけど、結局また俺に抱きついたまま泣きわめいていてまったく話にならない。
諦めた俺は周囲を見回す。
とりあえず、ここは砂の聖窟の外に設置された、医療用テントであることは間違いなさそうだ。その一室にあるベッドに寝かされているようだ。
状況確認をしていると、
「よかった。ようやく目覚めたみたいだね」
グレイスさんが部屋に入ってくる。
「グレイスさん、俺は一体どうなったんですか? あのダンジョンは? アサルトスコーピオンはどうなったんです?」
「順を追って説明するよ。まずは――」
未だに嗚咽が止まらないイルナを宥めながら、俺は気絶してからの流れをグレイスから聞いた。
まず、俺は二日間も眠り続けていたらしい。
言われてみれば、なんだか体がだるいし、頭痛もする。
そして、アサルトスコーピオンを封じ込めた直後、小さい金の宝箱と迷彩柄の宝箱がドロップし、それを回収してから《竜の瞳》を使って地上へと戻って来ようだ。
ちなみに、金の宝箱は解錠レベル【62】で迷彩柄の方は【77】だったらしい。また記録を更新したな。
「しかし、意外だったな」
おもむろに、グレイスさんが呟く。
「てっきり、君は霧の旅団専属の
「
「君はアサルトスコーピオンを黒い南京錠で封じ込めただろう? あれこそ、施錠レベルの高い
鍵を開けるのが
「いえ、俺は
「スキル複数持ちの者の特徴だよ。あとから発覚するのさ。そして、初期段階では複数持ちであるかどうかの判断はつかない。……まあ、世界でも事例は百件とない超希少な現象だし、仕方のない面はあるよ」
そういうものなのか……。
それから、グレイスさんからいろいろと話を聞いた。
まず、リカルドさんは現在ダンジョンの報告のために町を訪れた役人たちへ説明を行っているらしい。それが終わり次第、こちらへ戻ってくるとのこと。
さらに、グレイスさんは気になる情報をもたらした。
「そういえば、町で君を捜しているミルフィという名の女の子と出会ったよ」
「えっ……?」
俺を捜しているミルフィって――まさか!?
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