第37話 鍵の声ともうひとつの力
誰かに教わったわけじゃない。
それでも、俺には理解できた。
「君は……鍵、なんだよな?」
〈そうです。さあ、私の次なる力を解放してください〉
「か、解放?」
〈なんでも開けられる第一の力……それと対を成す力です〉
「それってどういう――っ!?」
俺の言葉を奪い去るように、膨大な情報が一気に頭の中へ流れ込んでくる。ノイズのように耳障りで、羽虫のように鬱陶しい情報の渦。目眩と吐き気を覚え、立ちくらみで足元がおぼつかなくなった頃――ひとつの「選択肢」が生まれた。
「どうしたんですか、フォルトさん!」
「フォルトくん!?」
ジェシカとグレイスさんの声が聞こえる。
「……大丈夫だ。きっとみんな助かる――いや、助けてみせる」
俺は腹いっぱいに空気を溜め込んで、
「イルナ! 今から助けに行く! だからもう少しだけそこで待っていてくれ!」
「フォルト……分かったわ!」
それまで、恐怖に怯えていたイルナの顔に明るさが戻った。
……覚悟はついた。
「今行くぞ!」
《あの声》が示したこの鍵の力。
解錠以外の秘められた力。
頭の中に入って来た膨大な情報に従い、俺は鍵へ魔力を注ぐ。
龍声剣によって生み出された俺の魔力を受けた鍵は、徐々にその形を変えていった。
「こ、これは……」
変形した鍵は以前の物より一回りほど大きく、王笏のような形状をしていて、色も眩い金から妙な威圧感を覚える黒色へとチェンジしていた。
禍々しさを漂わせるその黒い鍵。
しかし、今の俺には、その禍々しさが頼もしく思える。
変わったのは姿だけじゃない。
鍵に備わる《力》もまた劇的な変化を遂げている。
誰かにそう解説されたわけじゃないし、まだ使ったわけじゃないけど、握っているだけでそれがヒシヒシと伝わってくる――もちろん、こいつの使い方も。
俺は封印の鍵を構える。
全員の視線を一身に浴びて、俺はイルナを救出するためにアサルトスコーピオンと対峙する。
赤いつぶらな二つの瞳が、ジッと俺を見据えていた。
右腕のハサミか。
左腕の鉄球か。
尻尾の毒針か。
次はどの攻撃手段でくるか。
「おっかないな」
口でそう言っても、心境は自分でも驚くくらい冷静だった。
相手の出方を窺い、それに応じて攻撃の手を変えよう――結論が出ると、俺は少しだけ腰を落とした。
鍵はひと言も喋らなくなった。
俺にこの鍵の使用方法のヒントだけを残して。
ただ、俺は過去にどこかであの声を耳にしている。
一体……どこだ?
……この危機を脱したら、本格的にこの鍵について調べないといけないな。
アサルトスコーピオンとの膠着状態はそれから一分ほど続いた。
痺れを切らして先に動いたのはヤツの方だった。
仕掛けてきたのは左腕にくっついた鉄球。それをバックステップしてかわすと、すぐさま右腕のハサミが襲いかかってきた。
呼吸さえ忘れてしまうくらいの猛追が次から次へとやってくる。
なんとか回避して、俺はアサルトスコーピオンの左サイドへと回り込んだ。ヤツにとってこっち側は死角なので、すぐさま俺の動きに対応するのは不可能。
「そのまましばらく動くなよ」
俺は鍵を振り上げる。
アサルトスコーピオンがこちらに向き直る前に――この鍵のもうひとつの力を開放する。
――そう。
鍵っていうのは、何も開けるばかりが役割じゃない。
逆に《閉める》ことだってできるんだ。
「行け――封印の鍵!」
高々と振り上げた鍵を、勢いよく振り下ろす。すると、地響きが発生し、足元の砂地から巨大な黒い鎖が飛び出し、アサルトスコーピオンを一瞬にしてがんじがらめにする。
「「「「「なっ!?」」」」」
なんの脈絡もない現れた鎖に、ジェシカやイルナ、そしてグレイスさんをはじめとする月影のメンバーは驚いた様子。
拘束されたアサルトスコーピオンはなんとか抜け出そうと暴れ回るが、極太の鎖に動きを封じられているためまともに動くことさえ叶わない。
封印の鍵に自由を奪われたアサルトスコーピオン。
俺はその巨体のすぐ近くまで迫り、ゆっくりと見上げる。
わずか一メートルの距離に近づいた時――アサルトスコーピオンの体は、突如出現した巨大な宝箱の中へと吸い込まれた。
「そのデカい図体を丸ごと封印する」
黒い鍵を巨大宝箱とへ近づける。かなりのサイズ差があったのだが、これまで使っていた時と同様に、鍵穴までの距離が縮まると、その穴に合った大きさに変化した。
鍵を差し込んで回す。
ガチャっという音を立てて――施錠完了。
その直後、アサルトスコーピオンの巨体は宝箱と共に消滅した。
これが、もうひとつの鍵の力。
あの黒い鎖で包まれたまま宝箱に閉じ込め施錠することで、拘束した相手を丸ごと消滅できる。
恐らく、拘束するにしてもいろいろと条件がいるのだろうが……その辺はこんがらがっている頭を整理してからだな。
「やった……」
大きく息を吐くと、それまでアサルトスコーピオンの巨体に隠れていたイルナの姿が確認できた。
「平気か、イル――」
強敵を倒し、仲間を救えた。
その達成感を噛みしめる間もなく、俺は唐突に意識を失った。
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