第36話 潜入! 砂のダンジョン

 砂のダンジョンは《サンド・フォール》と名付けられることになった。

 そのダンジョンの中はロイがもたらした情報通り、砂に覆われていた。


「まさに砂漠そのものだな……」

「モンスターはどこなの?」

「見当たりませんね」


 俺とイルナ、そしてジェシカは辺りを見回しながらゆっくりと進む。

 一方、総勢十三名の月影メンバーは、リーダーのグレイスさんを先頭に臆する様子なく進んでいく。

 ワルドさんの話では、今回召集されたパーティーの中でも実力は上位に入るらしい。


「例のモンスターはどこかに身を潜めている可能性も十分に考えられる。油断はするな」

「分かってるっすよ、姐さん」


 それぞれが慎重に行動していくと、やがて月影のメンバーのひとりが砂漠の真ん中にある違和感に気づき、周囲へ報告をする。


「あれは……」


砂のダンジョンの中心部分に、不自然な盛り上がりを発見。

 明らかに、巨大な「何か」が身を隠している。


「所詮はモンスターね」

「あれでは人間を欺くなんて到底無理ですよ」


 バレバレな隠れ方に、イルナとジェシカが頬を緩めた瞬間だった。


「避けろ!」


 少し緩んだ空気を斬り裂いたのは、グレイスさんの叫びだった。

 その声に反応して、俺たちは咄嗟に四方へ飛び散る。

 そこに――まさに数秒前までいた場所へ、上から何かが降って来た。


 ドォン!


 低くて重い音に激しい揺れ。

 降って来た物の正体は――


「これは……サソリの尻尾か!」


 アサルトスコーピオン。


 その名から、俺は問題のモンスターを巨大なサソリでイメージしていたのだが、まさにそのイメージ図とピッタリ合致する姿をしたモンスターが、いつの間にか俺たちの背後にいた。


「うまく砂の中に紛れ込み、私たちに気づかれぬよう背後に回る。油断させるためにわざと砂で盛り上がりを作ってそちらへ意識が向けられている隙に、攻撃するつもりだったようだね」

「そ、そんな知性があるとは……」


 冷静なグレイスさんの分析に、俺はたまらずツッコミを入れた。

モンスターって生き物は、知性よりも本能に従順で、常にパワーのゴリ押しで来るヤツらっていうのが相場だろうと思っていたからだ。現に、これまで戦ってきた多くのモンスターで、そんな知性があるヤツは一匹もいなかった。


 ――このアサルトスコーピオンは違う。


 賢い。

 俺の中にある常識を覆すくらいに賢いのだ。


 おまけに、アサルトの名がつくだけあり、全身が武器そのもの。右手は普通のサソリと同じでハサミになっているが、左手は大きな鉄球で、尻尾からはいかにも猛毒ですって色をした液体が滴る毒針が光っている。


 奇襲が失敗に終わったことで、アサルトスコーピオンは攻撃方針を変更。自らの巨体を生かし、俺たちを一気に制圧しにかかる。

 とはいえ、先ほどあれだけ手の込んだ罠を仕掛けてきたヤツだ。

 単純なゴリ押しと考えるのは早計かもしれない。


 だが、そうこうしているうちに、アサルトスコーピオンは距離を詰めてきていた。


「私がやるわ!」


 父の敵討ちに燃えるイルナが前に出た。


「待て、イルナ!」


 俺は咄嗟に叫ぶが、届かなかった。

 明らかにイルナは冷静さを欠いている。

 魔力の込められたナックル・ダスターは燃え上がり、炎の拳が完成。イルナは右手のハサミを狙ってその炎の拳を叩き込む。

 あの威力ならば、ハサミを吹き飛ばせる。

 そう思っていたが、現実は違った。

 イルナの拳はアサルトスコーピオンの硬い皮膚に弾き返されてしまったのだ。


「きゃっ!?」


その反動で砂地に叩きつけられたイルナ。すぐに立ち上がろうとするが、苦悶の表情を浮かべながら足首をおさえて動かない。いくら柔らかな砂といえども、あれだけの勢いがついていては相当なダメージになったはずだ。


「イルナ!」


 すぐに駆けつけようとする俺を、アサルトスコーピオンの左手の鉄球が阻む。


「くっ!? 思ったよりも手強いな!」

「ちょっと旗色が悪いっすかね?」

「ああ……仕方がない。みんな! ここは一旦退くぞ!」


 敵の力はこちらの想定を上回っていた――と、即座に判断したグレイスさんはそう指示を飛ばすが、


「待ってください! イルナが動けないみたいなんです!」

「何っ!?」

「おわっ!? ヤバいっすよ、姉御!」


 俺の言葉を受けて青ざめるグレイスさんとスコットさん。

 アサルトスコーピオンのすぐ近くでうずくまるイルナは、自力で立つことさえできないようだ。


「フォルトさん! 私がアイテムを使ってモンスターの気を引きますから、そのうちにイルナさんを救出してください」


 ジェシカが危なっかしい提案をする。

 そんなマネさせられるか。


 もっと……もっと何かいい方法があるはずだ。

  

「っ!」


 不意に、強烈な熱を感じた。


 発したのは間違いなく、俺のポケットにある例の鍵。

 その鍵が、熱を持って訴えている。


「ど、どうして……」

 俺が動揺していると、



〈あなたに襲い来る窮地が、その鍵の本来の力を呼び覚まします〉



「! い、今……」 


 聞こえた。

 間違いなく、聞こえた。


 ――鍵の声だ。

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