第16話 誤算【レックスSide】

 冒険者レックスは後悔していた。


 役立たずのフォルトについてはどうでもいい。だが、そのフォルトにくっついてきたミルフィという少女は絶対に手元へ置いておきたかった。

 冒険者パーティーには欠かせない回復士ヒーラーであり、何よりの容姿とスタイルの良さをレックスは気に入っていた。


 回復士ヒーラーとしてだけでなく、知識もあって身体能力の高いミルフィさえいればパーティーは安泰。ゆくゆくは婚約し、冒険のパートナーとしてだけでなく、公私ともに自分へ尽くさせるはずだった。

 

 だが、レックスにとっての誤算は、そのミルフィと一緒にパーティーへ入ってきた彼女の幼馴染であるフォルトだった。


 ふたりのやりとりをみてすぐにお互いが想い合っていることを悟ったレックスは、徹底的にフォルトを冷遇した。

 情けない姿を見せつければ、ミルフィの想いは冷めるはずと踏んだからだ。


 ――が、レックスのこの狙いは見事に逆効果を生む。


 ミルフィは冷めるどころかますますフォルトへの熱を強めていった。ついにはお金を貯めてパーティーを抜ける算段まで整えていたのである。


 せっかく見つけたお宝を手放してなるものか、とレックスは強硬策に出る。


 わざとモンスターたちをおびき寄せるようなマネをして、そのど真ん中にフォルトを放置したのだ。


 フォルトの存在自体を消してしまえば、さすがにあきらめるだろうと思ったが――待っていたのはミルフィ離脱というレックスにとって最悪の結果だった。





「くそがっ!」


 レックスは荒れていた。

 ミルフィが見つからないだけでなく、次の仕事でもつまらないミスからクエストを失敗し、骨折り損のくたびれ儲けという踏んだり蹴ったりな一日だった。


――いや、厳密に言うとミルフィは見つかった。


 問題は一緒にいた女にある。

 女の名はアンヌ。

 大陸にわずかしかないSランク冒険者パーティーの中でも実力者として知られ、ついた通り名は《喰いちぎりのアンヌ》。


 レックスたちが束になってかかっても秒殺は避けられない相手だ。


「許さねぇ……俺をコケにしやがって……」


 机に拳を「ダン!」と力強く叩きつける。周りの仲間たちは落ち着くように促すが、そこへひとりの男が近づいてきた。


「荒れていますねぇ」


 笑顔が胡散臭い青年が、レックスたちのテーブルへとやってくる。


「なんだぁ、てめぇは。とっとと失せろ。俺は今機嫌が悪いんだよ」

「えぇ、でしょうねぇ」

「ケンカ売ってんのか!」


 男へ殴りかかるレックス――が、その拳は男に軽々と受け止められる。


「申し訳ありません。気分を害したのであれば謝罪いたします。どうか、この場は拳をおさめていただけませんか?」

「ふ、ふん!」


 振り払うようにして、レックスは拳を戻した。

 今のやりとりで、レックスのパーティーは全員がハッキリと理解した――相手の男は自分たちよりも数段上だ、と。


「申し遅れました。わたくし、冒険者パーティーとして活動しております《黒蜥蜴》のアダンという者です」

「《黒蜥蜴》だと……」


 その名には聞き覚えがあった。

 最近、高ランクの討伐クエストを次々とクリアし、結成わずか数ヶ月でBランクにまで駆け上がった、今売り出し中のパーティーだ。

 だが、同時に黒い噂も聞く。

 名をあげるために、相当な悪行も働く、と。


 そういった面では、レックスたちと共通点があった。


「で、その《黒蜥蜴》さんが俺たちに何の用だ?」

「単刀直入に申します。――あなた方に協力をしていただきたい」

「協力だと?」


 アダンはそれから、レックスたちへ協力の内容を説明していく。

 それを聞いたレックスの表情はみるみる明るくなっていった。


「面白ぇ……やってやるぜ」

「そういっていただけてよかったです。では、僕はこのことをリーダーに伝えておきますので、明日の朝にもう一度この店の前へ来ていただいても?」

「分かった。パーティー総出で行こう」


 レックスからすれば、願ってもない提案。

 これなら、ミルフィをこちら側へ連れ戻せるかもしれない。


「待っていろよ、ミルフィ」


 くくく、と小さく笑ってから、レックスは舌なめずりをするのだった。

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