第7話 生還の代償【レックスSide】

 自らのミスで窮地を招いたレックスは、同行させていたフォルトを囮として利用することでなんとかダンジョンを脱出していた。


「へへへ、これで邪魔者はいなくなったぜ……」


 帰りの道中、レックスはそんなことを呟きながら終始ニヤついていた。 

 



 格安の宿に戻ったレックスは、すぐに傷の治療を行う。

 だが、万年貧乏な彼らのパーティーに人数分の回復薬があるわけなどない。その代わりに、ある優秀な回復スキルの使い手がいた。

 彼はその使い手を自室へと呼び寄せる。


「ミルフィ、回復してくれ」


 そう口にしたレックスの視線の先には、ひとりの少女がいた。


 金色のセミロングヘアーが特徴的な可愛らしい少女。

 名前はミルフィ。

 フォルトの幼馴染で、彼が想いを寄せている子であり、パーティーでは回復士ヒーラーを務める。


 いつもならすぐに回復スキルを発動するミルフィだが、今日は少し動きが鈍い。


「…………」

「どうした? 早くしろ」

「あの、リーダー」

「あん?」

「フォルトはどこですか? 一緒に連れて行ったんですよね? それに、なぜ他のみんなはいないんですか?」

「あ? あいつなら死んだよ」

「えっ!?」


 信じられないリーダー・レックスの言葉に、ミルフィは固まった。


「それよりよぉ、体の傷だけじゃなく、心の傷も癒してくれよぉ」


 レックスの手がスッとミルフィの肩に添えられる――が、ミルフィはそれをすぐに払いのけた。


「フォ、フォルトが死んだってどういうことですか!?」


 声を震わせながら、レックスへ迫る。だが、彼らまともに答える気などサラサラないようで、ニヤつきながらミルフィを見つめていた。

 ゾッと背筋に冷たい物が走るミルフィ。 

 次の瞬間、彼の――いや、このパーティーが自分たちを仲間として引き込んだ、その真の狙いを理解した。


 彼らは自分やフォルトを仲間として見ていなかった。


 きっと、彼らのことだ。

 フォルトを連れて行ったのはいざという時の保険だったのだろう。そのいざという時が実際に訪れ、フォルトはその役目を果たした。

 そして自分は――


「…………」

 

 これからされることを想像して、ミルフィは震えた。

 大事な幼馴染――いや、それ以上の感情を寄せているフォルトを見捨てた連中に自分は……


「いやっ!」


 ミルフィは近くにあったモップを手にすると、それをレックスの顔面へ投げつける。すると、ちょうど鼻っ面に直撃し、レックスはあまりの痛みに「ふごおっ!?」という間抜けな声をあげて床に転がった。


「い、いってぇ! このガキィ!」


 鼻血を流しながら迫るレックス。

 だが、痛みで朦朧としているのか、動きが遅く、ミルフィは足を引っかけて彼を再び床へと倒した。


 その隙をついて部屋を出たミルフィは、急いで宿屋の階段を駆けあがると、自分の部屋へと逃げ込み、鍵をかける。

異変に気づいた仲間たちが、次々と部屋へと迫ってきていたが、ミルフィは最低限の荷物を急いでバッグに詰め込むと、窓からこっそり外へと出た。

 

 リーダーのレックスが仲間と共に部屋へと押し入る。

 すると、窓が大きく開け放たれており、白いカーテンが夜風になびいていた。


「ここから下へ降りたのか……すぐに捜しだせ!」


 レックスは仲間たちに命令を飛ばすと、自身も宿屋から出てミルフィを捜しに夜の町へと繰り出した。


 ――ミルフィは宿の屋上にいた。


 窓を派手に開け放っていたのはフェイクで、本当はすぐ真上の屋上に避難していたのである。


「フォルト……」


 膝を抱えながら、ミルフィは悲しみに暮れた。

 どれほどそうしていただろう。

 これ以上は出ないというほど涙を流した後、ミルフィはパチンと頬を叩いた。


「まだよ。自分の目で確かめるまでは……フォルトが死んだなんて思わない」


 そう決意を口にすると、まずは町を脱出しようと屋根伝いに南を目指した。

 夜通し捜していないと分かれば、きっと彼らは町を出ていくはず。

 ミルフィはそれをより確実のものにするため、町の北門近くに自分のハンカチを落しておいた。すると、それを発見したレックス一行は、狙い通り、大荷物を抱えて北門から外へと出た。

 きっと、次の町へ移動しがてら、自分を捜すつもりなのだろう。


 レックスたちが見えなくなったことを確認すると、ミルフィは昨日彼らが潜ったというダンジョンへ向かった。



 皮肉にも、ミルフィが逃走する経路は、フォルトのいる《霧の旅団》のアジトと正反対の方向だった。

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