第5話 霧の旅団

「うぅ……」


 おぼろげな意識が徐々に回復していく。

 確か俺はレックスたちに見捨てられた後、地底湖で三種の神器を――


「あっ……三種の神器……」

「気がついた?」

「うおっ!?」


 不意打ちの声に、俺は思わず飛び退くほど驚いた。


「な、何よ、そんなに驚かなくてもいいでしょ」

「あ、ああ、ごめん」


 咄嗟に謝ったけど……誰だ、この子?


「え、えっと……君は?」

「あたしはイルナよ」


 イルナと名乗った少女に、俺は一瞬見惚れていた。

 赤色をした長くてサラサラした髪。

 年齢は俺と同じくらい――十五、六くらいか。

 宝石のように綺麗な瞳にジッと射抜かれて、俺は身動きが取れなかった。


「ちょっと!」

「えっ?」

「あたしが名乗ったんだから、あなたも名乗りなさいよ」

「あ、ご、ごめん」


 外見とは裏腹に結構気が強いみたいだ。


「俺はフォルトだ。フォルト・ガードナー」

「ふーん、フォルトね。覚えたわ。それで、なんでフォルトは地底湖に? 偶然たどり着けるような場所じゃないし……あの隠しルートを知っていたの?」

「隠しルート?」


 なんの話だ?

 そんなの知らないぞ?

 俺が答えあぐねていると、イルナの表情が曇ってくる。


「あなた……まさかとは思うけど……あの断崖絶壁を転げ落ちてきたとでも言うんじゃないでしょうね?」

「断崖絶壁? ああ……」

「嘘でしょ……? なんで生きているのよ……」


 失礼な子だな。

 ……まあ、確かに死にかけてはいたけど。

 その時、


「あっ!?」


 俺は三種の神器のことを思い出して、首元に手を添える――と、そこには確かに天使の息吹があった。


「よ、よかった……」

「何? あたしたちが取ったと思ったの? 失礼しちゃうわね。うちのパーティーは人のお宝を横取りするほど浅ましくないんだから」

「あ、い、いや」


 イルナはご立腹だった。

 ……しかし、パーティー?

 そういえば、気を失う直前に聞こえてきたいくつかの声。

そのひとつはイルナだ。

 ということは、イルナの所属するパーティーのメンバーってことか。

 すると、部屋にひとりのスキンヘッドの中年男性が入ってきた。


「おっ! 目が覚めたか、少年!」


 男性の姿を見た俺はギョッと目を丸くした。

 二メートル以上は確実にある長身。鍛え上げられた筋肉。歴戦の猛者の証しである全身の傷。間違いない。この人が――


「パパ!」


 そう、パパ……パパ?


「おう、イルナ。看病ご苦労だったな」

「うん。って、特に何もしていないんだけど」


 この厳つい人とイルナって親子なのか……全然似てない!


「さて、少年」


 イルナのお父さんは部屋の隅にあったイスを引っ張り出して、俺の寝ているベッド脇に座る。……近くて見ると凄い威圧感だ。


「《霧の旅団》って冒険者パーティーのリーダーをしているリカルドってモンだ」

「!? き、《霧の旅団》!?」


 冒険者パーティーはランク分けされている。

 レックスたちのパーティーは最底辺のFランク。そして、今の目の前にいるリカルドさんがリーダーを務めている《霧の旅団》というパーティーは、最高ランクのSだ。

 その名前は、この辺りを縄張りとする冒険者ならば誰もが一度は効いたことがあるはずだ。

 広大なレゲン大陸の中でも、Sランクパーティーは全部で五つしかないからな。そのうちのひとつともなれば、嫌でもその活躍は耳に入る。

 思えば、これだけ広い部屋を俺のために使用している――つまり、それだけの規模の宿を貸し切りにできるか、或いは自分たちが活動拠点するためのアジトを持っているということ。それだけで、中規模以上のパーティーであることは明白だった。レックスたちはいつも格安の宿を転々としていたからな。


「意識も戻ったところで早速語ってもらおうか――なぜあの場にいた? 三種の神器のことを誰かに聞いたのか? うん?」


 口調自体は穏やかなままだが、明らかに気配が異なる。

 俺は顔が引きつり、どもってしまう――と、


 カランカラン。


 動揺する俺の服から、何かが落ちた。


「おっ?」


 リカルドさんがそれを拾い上げる。

 それは――鍵だった。

 俺が三種の神器の宝箱を開ける際に使用した鍵だ。


「ハハーン……なるほどね」


 鍵を見つめながら、リカルドさんはしばらく考え込んだ後、膝をポンと叩いて口を開いた。


「少年!」

「は、はい」

「おまえ――うちに入れ」

「へっ?」


 しばしの間があって、


「「ええええええええええええっ!?」」


 俺とイルナの叫び声が重なった。

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