火葬の話 2

@036_D21

頭蓋骨


 二十歳になる少し前、私にしては珍しく、恋愛的な意味で好きな人間の男がいた。恋愛ができない体質の私にしては本当に珍しく、私は彼の生き様に、言ってみれば魂に恋をしたのだった。

 でも、私は告白をしていない。だって、別に手なんて繋げなくて良かった。接吻なんていらなかった。ただ彼が彼の生き方を貫き、ありのままに生きていてくれたら、私の愛した魂は損なわれない。そう、彼が生きていれば、それだけで私には十分だった。


 しかし、人は結構簡単に損なわれるものだ。出会って半年程で彼は亡くなってしまった。人生の道すがら、道を外れて死出の旅に出てしまったのだ。

 その出立に私が立ち会うことはできなかった。なにせ先述の通り、私が彼のことを好いていた事実は、私しか知らない。そんなんで葬式に呼ばれるわけないのだ。

 だから私は想像した。彼の体が、火葬場の炎で焼けていくところを。火葬が終わって炉から引き出されれば、彼はすっかり骨組みだけになっているだろう。お年寄りは骨が残らないというけれど、彼は若かったし体も鍛えていたから、骨は結構残っているんじゃないかな。

 想像の中で火葬に立ち会った私は、白くて軽い彼の骨を箸で摘むのだ。故人と縁の遠い人間から順に足の骨から摘んでいくそうなので、私の摘んだそれは多分足の小指か何かだ。

 形を留めているであろう頭蓋骨は、そのままでは骨壺に入らないから、砕かれることになる筈だ。砕いてみると、当然その中は空洞。彼の魂の宿っていた脳は、すでに焔に還っている。そこには何もない。何も無いけれど。

 不思議なことに私には、その空洞こそが、彼の魂がそこにあった証拠に思えてならないのだ。空の容器を見て、そこにもともと入っていたものを想像するのと似ている。現在の無から、過去の有へ。空っぽの頭蓋骨が、彼の魂を存在せしめる。

 だからわたしは、頭蓋骨に惹かれてやまない。それは死者に相応しく静かに、しかしそれでいて雄弁だ。科学を志した彼の、論文をタイプする指先、理論を語る言葉、理屈っぽい目つき、その全て。歯列の間から語られるそれらに耳を傾ければ、愛した魂はそこにあった。

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