第3話 お風呂にする? ごはんにする? それとも
秋といえど、冬が近づくこの時期の朝はそこそこ冷える。つまり布団から出るのが段々と難しくなり始める時期である。布団というのはツンデレだ。入ったときには冷たいくせに一緒にいると俺を温かく包み込んでくれるのだから。
「起きろー、朝だぞー、遅刻しちゃうぞー」
そんな俺の睡眠を妨害するのはアラームではなかった。だってアラームは一〇分前に止めてやったからな。俺の安眠を邪魔するものは排除したはずだったというのに、一体何だというのだ。
「ああ?」
俺が敵を見かけたイヌのように布団から顔を半分だけ出して睨みつけると、邪魔者はにっこりスマイルを浮かべる。
「お風呂にする? ご飯にする? それともぉ、わぁたぁしぃ?」
「それ朝にするもんじゃねえよ」
甘ったるい声で言う奏乃に俺は静かにツッコんだ。
「ツッコミに元気がないなあ」
むーっと奏乃は不満げな顔をするが、人間寝起きはだいたいこんなテンションだろ。
「寝起きドッキリくらった気分なんだけど」
「え、どきどきしたって?」
「ドッキリだって」
「んもう、どきっとしたのなら素直に言ってくれればいいのにぃ」
くねくねしながら頬を押さえる奏乃はすでに制服姿だった。
カッターシャツに赤いリボン、薄いキャメル色のカーディガンに紺のスカート。奏乃曰く、制服が可愛くて大幕を選ぶ女子も多い、とのことらしい。ちなみにそんなことを言った奏乃に大幕を選んだ理由を尋ねると「遊くんと一緒だからだよ」と真顔で答えられた。
「起きるから早く部屋から出てってくれ」
「はーい」
言いながらドアの方へ向かう奏乃は「あ、そうだ」と思い出したように言ってくるりと半回転してこちらを向く。
「それで、結局お風呂にする? ご飯にする? それともわ・た・し?」
「それはもういいっつてんだろッ!」
「ナイスツッコミだ!」
ガバっと掛け布団から出ながら言った俺にグッと親指を立てた拳を見せて、奏乃は部屋から出ていった。
「……ったく」
俺の両親は共働きで朝早くに家を出ていく。忙しいらしく朝食の準備などもしないのだが、それは別に構わないと俺も言っているし、母さんも申し訳無さそうに謝ってくる。そこで登場したのがいとこの奏乃だった。
「そういうことならわたしが作るよ!」
それは確か中学の一年生になって少し経った頃のことで、それ以来ずっと奏乃は朝は俺の家に寄る。悪いから別に気にしなくていいと言ったこともあるが、「わたしが好きでやってることだから」と返してくる。ついには「迷惑ならやめるけど……」とか言うもんだからありがたく甘えているまま今に至る。
制服に着替えてリビングに向かう。
桜木家は二階建てで二階には俺の部屋と両親の部屋があり、一階に生活スペースがある造りになっている。リビングとキッチンは併設されていて、テーブルとイスの他にテレビや観葉植物が置かれたどこにでもあるようなリビングだ。
「おはよ、ご飯の準備はできてるよ」
「ありがと」
リビングに入ると、キッチンでせっせと料理をするエプロン姿の奏乃が笑顔で迎えてくれた。エプロンはピンク色に花のアップリケがついたもので、あれは俺が小学生の家庭科の授業で作ったものをプレゼントしたものだった。未だにそれを使っているのだから、物持ちがいいと感心してしまう。それにしても、制服とエプロンというのはいいですなあ。
「食べないの?」
「もうすぐお弁当が完成するので作っちゃう」
俺の家に寄るということはそこそこ早い時間に家を出ることになるので、奏乃は俺の家で朝食を取る。お弁当を作るのは気分がいいときか時間があるときなのだが、果たして今日はどっちなのだろうか。
そんなことを考えながらテーブルに置かれたコップにコーヒーを注ぎながら奏乃が席につくのを待つ。トーストに目玉焼きとベーコンにサラダ。ありふれた朝食であるが、美味いので何も問題ない。
「コーヒー入れとく?」
「ありがと。牛乳多めね」
あまり苦いのが得意ではない奏乃はコーヒーと牛乳を二対八くらいの割合で混ぜる。絶妙な混ざり具合があるらしく、その黄金比率を生成できた日は褒められる。幾度となく挑戦しているが、未だに量は把握できていない。
「おまたせ」
ようやく席についた奏乃と一緒に手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
そして、奏乃はコップを持ち、注いだコーヒー牛乳を飲む。
果たして――。
「にがいっ!」
ダメだった。
舌を出し、うううと唸る奏乃を眺めながら、俺はトーストをかじるのだった。
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