第2話 白井奏乃
白井奏乃。
俺と奏乃の関係を一言で言い表すならば、いとこというのが正しい。
俺の母の兄の娘である。家が近所ということもあって昔から一緒にいることが多かった。誕生日は俺の方が早いため、一応「従兄妹」ということになる。
昔は短かった髪も中学辺りから長く伸ばし始め、高校生になった今ではすっかりロングヘアーである。スタイルもよく、基本的には何でも卒なくこなす。自慢ではないけど俺もそれなりになんでもできる器用貧乏なのだが、奏乃は簡単に言うと俺の上位互換である。
「……どうしたの、遊くん」
ノースリーブにショートパンツという完全完璧ルームウェアの奏乃は机に座って勉強めいたことをしている最中だった。突然ドアが開いたことに驚いてくるりとイスを回し、振り返ったところに俺が思いっきりダイブした。
「かくかくしかじかわんわんにゃあにゃあ!」
俺はあったこと全てを話した。
結構長いこと話していたけど、奏乃はうんうんと頷きながら俺の話を最後まで聞いてくれた。
「それは大変だったね。えっと、確か遊くんの彼女さんといえば、あ、いや元カノさんといえば……」
「別に言い直さなくていいんだよ。傷口えぐるようなことするんじゃねえよ」
「あれだよね、遊くんと同じクラスの浅野由衣香ちゃん」
クイズ番組で答える人みたいなテンションで言い当てる奏乃。
「ああそう、正解」
テンション低く言う俺とは大違いだった。何か良いことでもあったのだろうか?
俺と奏乃は同じ大幕高校に通っているがクラスが違う。俺は一年一組だが奏乃は二組である。だから由衣香ちゃんのことも詳しくは知らないのだろう。俺もあまり彼女の話をすることはなかった。ていうかする前に振られた。
「なんでそんな急にがっくり肩を落としているの?」
勝手に考えて勝手に落ち込んでいる俺を、奏乃は不思議そうに見てくる。
「気にしないでくれ、絶賛失恋のダメージを受け入れ中なんだ」
「回復中じゃなくて?」
「回復はこれから長い年月をかけて行うんだよ。今は現実を受け入れてダメージを受けるときなんだ」
「長い年月をかけなきゃダメなの?」
「失恋ってのはな、そういうもんなんだよ。お前はしたことないからわからないだろうけど」
「似たような経験はあるんだよ?」
「言っとくけど、とうぶんは飯も喉を通らないだろうよ」
「おまんじゅうあるけど食べる?」
「食べる」
奏乃が渡してきた饅頭を受け取ってぱくりと口に入れる。
「お茶もあるよ」
ピンク色のネコの形をした可愛らしい湯呑に入った熱いお茶をズズズとすする。うん、やっぱり和菓子にはお茶やで。
「て、そうじゃない! 俺は今傷心中でご飯が喉を通らないの!」
「これはおやつだから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃない!」
俺がぷんすか怒っていると、奏乃はケタケタとおかしそうに笑った。
「そうそう、振られたダメージを一気に回復する方法を教えてあげよっか?」
「そんなチート魔法みたいなことできんの?」
「できます」
一歩分くらい距離をとった俺に向き直った奏乃が真面目な表情をする。
「それは、新しい恋をすることです」
「はあ」
真面目な顔して何を言うのかと思ったらそんな当たり前のことを……。
俺は奏乃のありきたりな答えに、思わずハッと乾いた笑いを見せてしまう。
「そんなもん、できるもんならしてるぜ」
「なんでしないの?」
「いろいろあるの、俺にも」
俺が誤魔化すように言ってそっぽを向くと、俺の視線の中に入ってきた奏乃がにんまりと笑う。
「でもさ」
しゃがんで俺の目をじっと見てくる奏乃。見つめられて恥ずかしくなった俺はふと視線を下に落とすと、ルームウェア故にだいたんに主張された胸元が視界に入った。
「もしもその由衣香ちゃんよりも可愛い彼女をゲットしてだよ」
ふふふと笑いながら奏乃は言う。
「その子を幸せにしたとしたら、由衣香ちゃんはなんて思うかな?」
「んん?」
俺は視線を上げて奏乃を顔を見る。ずいぶんと挑発的な表情をしていた。まるでこれから強敵と戦う悟空のような顔だった。
「きっとこう思うはずだよ。あそこまで女の子を幸せにできるような人を振るなんて、私はなんてバカなことをしたんだろう! ってね」
「うん」
「遊くんは幸せで、その彼女さんも幸せで、由衣香ちゃんを一発ぎゃふんと言わせることができる。それは最高のエンディングではないですかね?」
「はあ」
まあ、たしかに、悪くはない。
そうか、つまりはそういうことか!
「俺は新しい彼女を見つければいいのか! 傷心なんかしてる場合じゃないんだ! 言い訳とかせずにまっすぐに目標に向かって駆け抜ければいいんだ! そうすることによって傷ついた心も癒やされ、幸せになれる! なんだそれ最高じゃないか!」
俺は立ち上がり、拳をぐっと握って言う。
「そう、そういうことだよ! そして今、その候補に立候補するのがこのわ――」
「ありがとうかなえもん! とりあえず帰って考えてみるよ!」
シュビっと手を軽く上げて俺は奏乃の部屋を後にした。去り際に何かを言っていたような気もしたが、気にすることはないだろう。
階段を降りて玄関に戻る。靴を履いていると、奥のドアからおばさんが出てきた。
「あれ、遊助もう帰るの?」
「おじゃましました!」
俺は言って、そのまま家を出た。家を出る間際に「またおいでー」という声だけは聞こえた。
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