第4話 俺たち、民の味方の義賊!

 そろそろ眠ろうかと思った。


 しかしそうもいかなかった。


 そうさせてもらえなかった。


 何者かの気配があった。それも複数。

 周囲に広がっている闇の中に身を潜めている。こちらの様子を窺っている。襲撃するつもりか? 敵か……。

 キートンは腰にかけている剣に手をかけると、立ち上がった。いつでも抜刀し、交戦できる準備はできている。


 連中はこちらの警戒をよそに、のそのそとやってきた。数は五人くらい。影ができ顔は視認できなかった。剣やナイフを持っているが、誰も手にしてはいなかった。まとう空気感も穏やかなものだった。

 例の盗賊か? 少なくとも猟師やフーゴ村のものではなさそうだ。

 相手に警戒心がなくとも、こちらが油断するわけにはいかない。油断させるのが奴らの策なのかもしれない。

 キートンは殺気を放ち、相手を牽制した。

 異変に気づいたシャーロットも飛び起き、弓を手にし矢をつがえながら、キートンのそばにやってきた。


「キートンさん、誰この人たち……!」

「それは俺も知りたい。……なあお前ら、いったい何者だ」

「まあ、待ってくれって。別に俺たちは賊じゃない」

 一人の男が言った。どうやら彼がリーダー格らしい。

「焚火の灯りがあったから確認しに来ただけだ。襲うつもりなんてねーって」

 男が両手を挙げゆっくりと近づいてきた。仲間たちも歩幅を合わせ、男についていく。


 近づいたことにより、焚火の灯りで姿を見ることができた。

 リーダー格の男は小柄で、坊主頭にバンダナを巻いていた。服や顔は泥で汚れていた。

 彼は人間だったが、仲間の中に獣人族が二人いた。驚いた。人間の中に獣人が混じり、それも奴隷ではなさそうだ。武器を持っているということは、対等な関係を築いているということ。特に盗賊であれば、混合のグループは珍しい。

 戦争をしていた頃は、獣人族と隊を組むことも多くあったというのに。


「お前ら盗賊か?」

 キートンは問いかけた。すると連中に緊張が走った。空気がぴりついた。当たりか?

「盗賊とは心外だなぁ」

「では何なんだ」

「俺たちは――ちょ、ちょっと待ってくれ」

 男は驚いた様子でキートンの顔を覗き込んできた。

「あ、あんたまさかキートンさんかい!?」

 キートンとシャーロットは顔を見合わせた。

「そうだが……俺のことを知っているのか?」

「もちろんですよ! 今は退役してますが、戦時中は帝国兵として戦っていましたから!」


 なるほど。偉ぶるのが嫌いで人前にあまり出たことはなかったが、元帝国兵であれば知っていてもおかしくない。

 勇者であると知っているものと会うと、キートンはどうも体がむず痒くなる。


 キートンは剣から手を離し、シャーロットも弓を収めた。


「俺の名前はケンゴっていいます。いやあ、こんなとこでキートンさんにお会いになれるとは。

 俺、所属していたのはラルサン殿の隊なんです! ナタンゴの街への進行にも参加しましたし、その後のジャングル突破にも従事したんですよ! キートンさんも一時期はラルサン殿と行動を共にしていたでしょ?」

「ああ」

「ラルサン殿は今なにをなさっているのでしょうね……」

「そうだな」

 キートンはラルサンの結末を知っていたが、ケンゴに教えることはなかった。

ケンゴの隣に一人の獣人族がやってきた。


「おい、知ってるやつなんか?」

「そうだぜマルコ、軍にいた時にな一方的にお世話になってんだ」

 マルコと呼ばれた男はふむふむと頷いた。やはりこの者たちは種族も関係なく対等な仲間であるらしい。キートンはそれが嬉しかった。

「凄い人なんだな」

「たりめーよ! てか知らねーのか。ほれ、あの人の右手を見てみろよ。それで意味がわかるはずだぜ。――あれ、手袋をしてんですか」


 キートンの右腕に注目が集まった。ケンゴは、右手にある紋章を見れば誰かわかると、口で言うよりも確かだと思ったのだろう。


 キートンは右腕を背中に隠してしまった。


「おいケンゴ、キートンって人は照れ屋なのか? 隠してしまったぞ」

 ケンゴは何かに気づいたようにあっと口を開けた。勇者であると知られたくないと察してくれたようである。こちらを見て小さく頷いた。

 その心遣いに感謝だった。

「そうだ、キートンさんはシャイな方なんだよ! あんま見んじゃねー!」

「おめーが見ろって言ったんだろうが……」

 キートンは口元を緩めた。ずいぶんと良好な関係を築けているらしい。


「盗賊かと訊いて心外だと言ったが、あれはどういう意味だ」

「おお、よくぞ聞いてくれました! 俺たちは盗賊なんていう、なんの志もない奴らと一緒にしてもらっては困ります! なんてたって俺たちは強きを挫き弱きを守り、金持ちから盗み貧しい民のために分配する義賊なんですから!

 だろうお前ら!!」


 オウ!! という声を彼らは上げると、ケンゴの周りに集まり、それぞれがそれぞれのポーズを決めた。

 胸を張り腰に手をついたり、こぶしを握りそれを夜空に掲げたり、ケンゴの足元でしゃがみ込みナイフに手をかけたり、マルコはクールに横顔を見せている。中央にいるケンゴは仲間を自慢するように両手を大きく広げていた。

 義賊である自分たちに誇りを持っているようだが、同時に馬鹿であることもわかった。


 シャーロットは口に手をあて笑っていた。ケンゴは照れた様子で後頭部をかいていた。


 ケンゴはシャーロットを一瞥すると、キートンの方を見た。

「この人は誰ですか……?」

 当たり障りない紹介をしようとしていると、シャーロットがぺこりと頭を下げた。

「妻でございます」

「おお、これはこれはご丁寧にどうも」

 ケンゴも慌てて頭を下げた。

「なるほど! 新婚旅行ってわけですね!」

「違う、ただの旅の連れだよ」

 キートンはやれやれとため息をついた。シャーロットは面白くなさそうに頬を膨らませた。


「キートンさん、是非俺たちのアジトに遊びに来てくれ!」

「アジト?」

「そうです、ここら辺で居を構えていましてね。他の仲間にぜひ会ってください」

 キートンは少し考えたあと、

「わかった。遊びに行かせてもらおう」

「ありがとうございます! 場所はですね――」


 ケンゴからアジトの場所を地図にマークしてもらった。ここから少し離れたところにある、川辺に近い小屋があるらしく、そこがアジトであった。


 キートンが予測した、盗賊の根城の条件と合っていた。


 ケンゴは手を振り、機嫌良さそうに去っていった。


 やがて、あたりにはパチパチと薪が弾ける音しか聞こえなくなった。

 キートンは彼らが去っていた方角を見つめていた。

 沈黙を破ったのはシャーロットだった。


「遊びに行くって了承して良かったの? 依頼があるんじゃ……」

「ああ、とりあえず日の出ているうちは捜索してみるつもりだ。だが、あいつらが盗賊である可能性もあるだろ?」

「え……」

「確認してみないとな」

「うん……」


 キートンに油断はなかった。シャーロットはケンゴたちが盗賊であるという可能性を考えていなかったらしいが、義賊であるという証拠もない。

 疑うのが定石だ。

 シャーロットはキートンの顔を、寂しそうな表情をして見つめていた。何を考えているかキートンには理解できたが、なにも言うことはなかった。

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