第1話 社会問題、盗賊被害

 山の中を歩いていた。


 暑くもなく寒くもなく、気候的には最適だった。ただ歩いてばかりだったので、キートンもシャーロットも疲労していた。

 相変わらずキートンはポンチョを羽織り、シャーロットはフードを被っていた。ポンチョは無くした左腕を隠すため、フードはツノが見え魔人族と気づかれないため。二人は人々に隠し事をしているという、共通点があった。

 すれ違いう人たちもよく振り返る。珍妙な奴らだと、その目は語っていた。


 坂道を登り切ったところで、眼下にフーゴという村が見えてきた。山沿いに作られたように縦に長く、周囲は自然に囲まれ天然の要塞にはなっていたが、暮らすのには不便そうだった。

 もっとも、キートンは基本的に野宿なので他人の生活をとやかく言える資格はなかった。


 山の中にあるため、旅人向けの店も存在しているはずだ。物資を補給し少し休もう。


 シャーロットも疲れたようにため息をつくと、

「やっと休めるね」

 と言った。キートンは頷いた。

「そうだな」  


 坂を下り、村の入り口まで向かった。すぐそこで休憩できると思うと、疲労もどこかいってしまったように体が軽かった。

 番兵などはおらず、すんなりと村に入ることができた。さっそく道具屋の看板を発見した。ベンチも起れており、休憩所としても機能しているみたいだ。キートンが予測した通りだった。

 どうして考えた通りにことが運ぶとこんなにも嬉しいのだろう。多少の問題があった方が、旅も人生も楽しいのだが。まあ、問題が起こってないため、こんな余裕があるのだろうが。

 年寄りがよく言うセリフをふと思い出した。若い時の苦労は買ってでもせよ。十代の頃から戦争に従事していたいので、もう勘弁してもらいたかった。


 店に入る前に、シャーロットのフードをチェックした。キートンは右手でフードに触れ、身なりを整えてやった。

 ツノもちゃんと見えていなかった。人間の集落で、魔人族と知られてしまっては色々と面倒だ。いらぬ不和を生じさせる。それはシャーロットも望んでいなかった。それに万が一、魔王の娘とばれてしまっても困る。公ではシャーロットは死亡したことになっているのだから。

 お返しと言わんばかりに、シャーロットもキートンのポンチョのしわを直した。勇者の紋章を隠している手袋も確認していた。


「うん、これでいいかな」

 鈴が鳴るような声でシャーロットは言った。

「ふっ、ありがとうよ」


 店内に入った。いらっしゃいと元気のある声が聞こえてきた。女主人はカウンターの中に入り、キートンたちを笑顔で出迎えた。営業スマイルというわけでなく、女主人の人柄の良さが窺えた。

 女主人の年齢は五十代ほど。ふくよかな体つきをし、笑うと目尻にしわが生まれた。


「何をお探しだい?」

 尋ねられ、キートンはカウンターに近づいていった。

「そうだな……。十二日分の食料に水、それと矢とクロスボウの矢はあるだろうか」

「ええ、あるよ」

「では頼むよ。おばちゃん」

「頼まれた。でも誰がおばさんだい! お姉さんと言いな!」

「あ、はあ……」

 キートンは面食らい言葉に詰まった。お姉さんね……。

「なんだい、文句あるのかい」

「いや……」

 キートンが四苦八苦していると、シャーロットはクスリと笑い、

「そうだよ、キートンさん。お姉さんに失礼でしょ」

「お、このかわいい娘(こ)はわかってるじゃないの。旦那にちゃんと言ってやんな」

「そ、そんな旦那だなんて……」

 シャーロットは恥ずかしそうに両手で頬を隠した。否定するのも面倒だったので、キートンは何も言わなかった。下手に否定し詮索されても困る。


 店主は途端に鋭い目をして、キートンを上から下へと視線を滑らせた。殺意や敵意があったわけではない。まるで値踏みをするかのようだった。長年の商人としての才覚を試すように。


「あんた、ひょろい体つきしているようだけど、けっこうな手練れだね」

 初めは貶されているのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。だが返答に困る問いかけだった。この店主は何を言うつもりなのだろうか? 魂胆は?


 キートンは緊張を強めていたが、シャーロットは呑気なものだった。


「ええ、とっても強いんですよ!」

 まるで自分のことのように自慢し胸を張っていた。キートンの体の緊張は、強制的に解けた。

「やっぱりそうかい! なら頼むよ、この村を助けておくれ……」

 ずいぶん穏やかではなかった。素性を探られるのをもっとも警戒していたが、できる限り問題に首を突っ込むのも避けたかった。


 店主は話をつづけた。

「この村は、見ての通り貧しい。こんな山の中にあるし、都市からは遠い。食料も万足に取れるわけでもなく、これといった産地もありゃせん。男たちも先の戦争で多く駆り出され戦死した。あたしの旦那だってそうだよ……。

 貧しいけど、それでもフーゴの民は懸命に生きているんだ……なのに最近、盗賊から被害を受けていてね……。都市へ持っていくための荷が襲われ、お金がないのにそのせいでますますお金を得られなくなっているんだ……。討伐の依頼を軍に頼んでいるが、人員が少ないらしく中々来てくれなくてね。いつになるのかもわからない。そこであたしたちは傭兵を雇うことにしたんだよ。そりゃ多くは出せないけど、みんなからかき集めて報酬もちゃんと払う。どうだい、あたしたちに雇われてはくれないかい?」

「…………」

 キートンはどうするか悩んだ。それを察したのか店主も口をつぐみ、哀願の目をひたすらキートンに向けていた。


 盗賊の被害は今の時代、深刻な問題になっていた。戦争により職を失ったものが、生きるために犯罪に手を染めている。人間から迫害を受けている獣人や魔人族だけでなく、戦争経験者の人間が多く賊になっているのも問題だった。国のために戦った者たちが、国に帰ってきて国から居場所を失っている。

 村人を助けたいという気持ちはキートンにもあったが、盗賊の規模も連中の腕前もわからないのだ。一人旅の時ならまだしも、今はシャーロットがいる。危険は避けなければならないが――


「うん、わかった! 村の皆さんのためにやろ、キートンさん!」


 そう言うだろうとは思っていた。

 彼女は、助けの手を払えるだけの大人ではなかった。そんな大人ではない彼女が、キートンは嫌いではなかった。戦時中、キートンも甘さを捨てろと怒られてきた。光も闇も見てきたからこそ、大人になるのが正しいと限らないとキートンは思うことができた。

 だがこういった重要な依頼を、相談なしに受けるのはやめてもらいたかった。これは、キートンが大人になれば許せるのかもしれないが。


「人の助けにもなるし、それにキートンさんは強いでしょ?」

「はあ……わかった……」

 キートンはため息をつくと頷いた。店主はありがとうねと満面の笑みを浮かべた。


 人々を助けるのが勇者としての務めか……。


 戦争が終わった今でも、その気持ちは依然としてキートンの中にはあった。

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