第21話 そして旅が始まる
森の中から砂道に出てきた。シャーロットは向かい側の木の下に立っていた。フードをしているからよく見えないが、顔を伏せ浮かない顔をしているのは解った。
足音に気づいたシャーロットは顔を上げた。すると表情を明るくさせ、真ん丸の瞳を輝かせた。
いい表情だった。ずっと見ていられる表情だった。泣いたかいがあったかも知れない、キートンは思った。
シャーロットが嬉しそうに駆け寄ってきた。キートンも彼女に向かって歩き出す。
被っているフードが、風になびきはだけてしまった。美しい金色の髪の毛が顔を見せた。陽の光に輝く湖のようにキラキラとしていた。ふわりと匂いも感じられた気がした。いつかの夢のようであった。
「怪我はない、キートンさん」とシャーロットは言った。
「ああ、なんとか」
「良かった……」シャーロットは安堵していた。「あの人は? 無事なの?」
「一応な。気絶させておいた。いずれきがつくだろう。だから、また突っかかって来る前に退散するとしよう」
シャーロットは目を細め笑った。「それもそうだね」
キートンが体の向きを変え歩き出すと、シャーロットも横につき歩き出した。
早く立ち去らなければならないのだが、歩調はゆっくりだった。木々を眺め、空を眺め、この時を少しでも長く楽しもうとしていた。するとシャーロットが言った。
「やっぱり山賊とか出たりするの?」
「たまにな。野生の動物が飛び出してくるのと同じさ」
「もし山賊に、私を大金で売ってくれと言われたらどうする?」
「なんだ、その質問は。そんなの値段による」
怒り出すかと思い、ちらりとシャーロットを窺ってみたが、楽しそうに笑っていた。
「やっぱりお金には敵わないか」
「冗談だよ、冗談。そもそも、俺には君を売る権利はない。君は俺のものではない」
「ううん、今はあなたの所有物みたいなものよ」
確かに、勇者の監視があるという条件でシャーロットは外に出された。そう考えれば、彼女の言うようなことは正しいのかも知れない。だがやはり、いかなる事情や理由があれど、その人のものにはならないのだ。心を手に入れたときだけが、初めてその人のものになる。男も女も。
「ねえ、この旅に目標はあるの?」とシャーロットは言った。
「いや、なにもない。何処に行くかも解らない」とキートンは言った。
「人生と同じだね」
「かもな。確かに似ている」
「じゃあ終わりはあるの」
キートンは少し考える素振りを見せると、
「いや、それも解らない」と言った。「どうなるのかは俺にも解らない」
「結婚したら辞めるとか?」
キートンは少し笑った。「どうかな。次の瞬間には殺されているのかも知れないし」
「笑えない冗談だよ」
「まあな。……じゃあ、君は俺の旅を小説にしているね。その結末を自分で変えられるとしたら、どうする?」
「きっと幸せになって終わりにする。それこそ結婚して、子供を作り、笑顔で暮らす。死ぬよりかは幾分もましでしょ?」
「確かにな。俺もその終わり方のほうがいい」
「大丈夫、なれるよ。幸せを放棄しなければ」
「幸せを放棄しなければか。いい言葉だ」
「でしょ? 手を伸ばさなければ手に入らないもの」
「それもいい言葉だな。誰の受け売りだ?」
シャーロットは笑うと、キートンの肩をばしばしと叩いた。キートンも笑った。
結婚して子供を作り、笑顔で暮らす。
シャーロットが言ったことを想像してみた。想像するだけなら簡単だった。だが、自分の笑顔だけはどうもぎこちなかった。
ふと、旅の終わりになにがあるのだろうと考えてみた。考えるだけ無駄だった。解るはずがない。だからこうして歩いているのだ。
とにかく今は、シャーロットの話を聞こう。そのメロディのような声をいつまでも聞こう。とりあえず、この旅が終わるまでは聞けるのだ。それだけは確かなことだった。
空では先ほどの小鳥たちが鳴いていた。祝福してくれているのかは、やはりキートンには解らなかった。
「ねえ、キートンさん、やっぱり野宿もあるんだよね……」とシャーロットは上目遣いで、窺うように言った。
「ああ、それはもちろん」
「じゃ、じゃあお花を積む時ってどうしてるの?」
「え?」
キートンは顔をきょとんとさせた。お花を積む。一体どういう――。
次の瞬間には、そういうことかと声を上げて笑った。やはり、シャーロットとの旅は楽しくなりそうだった。何度も何度も、キートンは笑った。
気にせず、とにかく今は進もうとキートンは言った。シャーロットは、笑いごとじゃないのに……と呟いていた。
旅の終わりよりも今は、彼女の悩みを考えなくてはいけないらしい。
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