第20話 練習でなく、本戦
キートンはポンチョを右半分だけめくり、剣を抜くとグレッグに向けた。
それを合図にグレッグは攻撃を繰り出してきた。下段への突きだった。
しかしキートンはそれを避けると、森の中へ走り出してしまった。
虚をつかれたグレッグはなにやら怒りの言葉を吐いていた。苛立った足取りで追ってくる。
キートンは森の中をある程度進むと、振り返りグレッグと向き合った。
グレッグは槍を構えると、なにかに気づいたようにあたりを見渡した。
「そういうことか……」とグレッグは呟いた。
森の中へ誘ったのにはわけがあった。グレッグはリーチの長い槍を使用している。だから、生い茂る木々が邪魔をし、突きや縦切りなどの直線的な攻撃しか出せなくなるのだ。
「卑怯者がァ!」
「地の利を得るのも兵法だ。けっして卑怯ではない」
「クソ!」
グレッグはキートンに向かって走り出した。細かく素早く槍を突き出した。やはりセンスがあった。ところどころにフェイントを織り交ぜている。キートンはかわすのに精一杯だった。
だがそう回数を出されれば、モーションを盗むのも簡単だった。キートンはリーチを見極めると、上体を反らしてかわし、グレッグが槍を引くのと同時に間合を詰めた。
グレッグは顔をぎょっとさせた。
キートンは剣で左から切りつける。グレッグは模擬戦の時のように、腰をリンボーダンスのようにして反らせ、剣をかわした。ニヤリとグレッグは笑っていた。
だがこれは、そう避けさせるための誘い水だった。
キートンはもう一歩そこから踏み出すと、グレッグの胸に目がけて柄を振り下ろした。グレッグはたちまち体勢を崩し、後ろへ倒れ込んだ。
しかし、そこからグレッグに剣を突き刺すわけにもいかない。
躊躇っているうちに、グレッグは身を転がし起き上がろうとした。
キートンはまた森の中へ走り出した。グレッグは出遅れ、起き上がると急いで駆け出した。
キートンが薮の中に飛び込むと、グレッグも一緒になって飛び込んだ。
薮を抜けて、開けたところに出た。グレッグもキートンに数秒遅れ、その場所に飛び出した。
グレッグはきょろきょろとあたりを見渡した。敵の姿が見えなかったからだろう。
ここには小さな沼があった。沼のすぐ手前には木が生えていた。
グレッグはなにかを見つけた。足跡が、沼にまで続いていた。それは手前に生えた木から二メートル左にあった。それを追ってみると、沼のほとりで足跡は消えていた。
沼に視線を向けてみると、大きな波紋が広がっている。
グレッグはニヤリと笑った。槍を振り上げ、沼に向けて突き刺そうとした。
そんな光景を、キートンは沼の手前にある木の上から眺めていた。
キートンは木から飛び降りた。グレッグが驚いて振り返ろうとしているところに、キートンは首元に剣を突き立てた。グレッグは息を止め、ぴくりとも体を動かさなくなった。
「さあ槍を捨てるんだ」とキートンは言った。
グレッグは、槍をゆっくりと地面に置こうとした。
「違う、沼に捨てるんだ」
グレッグは悔しそうに舌打ちした。大事な武器らしい。
「抜け目ないですね」
グレッグはそう言うと、槍を沼へ放った。ちゃぽんと水が弾け、波紋を作ると槍の姿は見えなくなった。
キートンは言った。「両手を上げ、膝をつくんだ」
グレッグは言われた通り、両手を上げるとゆっくり膝をついた。彼にとっては屈辱的なポーズに違いない。
「まさか木の上にいたとは……」とグレッグは独り言のように言った。
「もっと観察しないからだ。見てみろ、沼に足跡は続いているが、最後の足跡だけは他のより深く刻まれているし、泥も妙な跳ね方をしている。沼に飛び込んだのなら後ろ側へ跳ねるだろうが、これは左に跳ねている。右にジャンプした証拠だ。それらが解れば、木に飛び移ったと容易に想像できるだろう」
「沼の波紋は……?」
「石を投げただけだよ」
「クソ、ミスリードさえされなければ」とグレッグは吐き捨てるように言った。
「君は挑発に弱く、熱くなり過ぎる。それを抑えれば、もっといい騎士になれる」
「勇者さまからのありがたいお言葉ですか。謹んでお受けします」とグレッグは皮肉たっぷりに言った。この状況で皮肉を言えるとは、なかなか根性がある。
グレッグはため息をつくと、
「さあ、殺すなら殺して下さい」と言った。「覚悟はできています」
「本当か?」
「ええ、もちろん。人を殺そうとするのなら、自分にもその覚悟を持たなければならない。だから覚悟はできている」
「そうか、覚悟はできているのか」キートンは剣を振り上げた。「だが、殺しはしない」
キートンは、グレッグの後頭部を柄で打ちつけた。鈍い音がなり、グレッグは声を上げると、前へ倒れ込み気絶した。もう少しで、頭が沼に浸かってしまいそうだった。
剣を鞘に納めると、ふうと吐息をついた。戦闘が終わった時というのは、湯船に体をつけたときのような安堵感があった。そして生きていて良かったと思うのだ。
キートンはグレッグの腕を肩にかけると、木のそばに近づき、そこに腰かけてやった。グレッグは頭も体もぐったりさせ、眠っていた。いい夢は見れなさそうだった。
キートンはグレッグに背を向けると歩き出した。
森の中を進み、シャーロットのもとへ向かった。
空を見上げると、いつもよりも速く真っ白な雲が流れていた。その下で、小鳥たちがさえずりながら飛んでいた。警告を告げているのか、それとも祝福をしてくれているのか。
いや、そんなものはいい思い込みである。小鳥たちはただ鳴いているだけなのだ。それ以上でもそれ以下でもない。人間というのは、どうも都合良く解釈してしまう。
しかし、キートンは一応ありがとうと言っておいた。小鳥たちは、それに答えるようにまたさえずった。
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