第19話 追跡者
キートンはシャーロットと並び、砂道を歩いていた。
シャーロットは嬉しそうにニコニコしていた。
無理もない。久しぶりの朝日に、久しぶりの外の空気なのだ。しかもそれらを、これからは毎日味わうことができるのだ。翼が生えた気分とは、まさにこのことだろう。
「しかし、俺と旅をしていてもいいのか? エンニオからは俺といるようにと言われただろうが、別に君は君の人生を送ればいいんだぞ」
「私はキートンさんと旅がしたいの。なによりもあなたと」とシャーロットは言った。「それにキートンさんも、私と旅ができて嬉しんじゃないの?」
キートンは訝しげに目を細めた。「どうして?」
「どうしてって、私が自殺したと思って泣いてくれたんだよね? そんな愛しのシャーロットちゃんと旅ができるんだよ?」
「――何を言うんだ……」
「あっ、柄になく赤くなってる」
シャーロットは口に手を当て、クスクスと笑った。
「赤くなってるのは……、きっと酒のせいだ。宿を出る前に酒を飲んだんだよ」
するとシャーロットはじっとキートンを見た。彼女の大きな碧眼が、キートンの横顔を捉えていた。
「ねえ、本当のことを言って? 私の顔をもう見ることができず、喋ることもできないんだと思うと、悲しくなった?」
「…………」
「お願い、答えてキートンさん」
キートンは顔を斜め上に向け朝日を見た。とても眩しくて、目が痛かった。
キートンのすぐ横にも、朝日に負けないくらい眩しいものがあった。けれど、暖かかったのも事実だった。
シャーロットの方へ顔を向けた。
「気がつけば涙を落としていた。酒の力もあったかも知れないが、自分の力では止めることもできなかった。偽装だったなんて、気づきもしなかった。もうあんな思いはごめんだと思った」
シャーロットは頬を赤くした。そして照れたように笑うと、そうかそうかと言った。満足したようであった。
──君も俺が死んだら悲しんでくれるかい。
キートンはそんな言葉を呑み込んだ。
「じゃあこれからは、キートンさんのためにも一杯いっぱいお話をして上げるよ!」とシャーロットは言った。屈託のないくしゃくしゃな笑顔だった。
「では、ありがたいお言葉をたくさん聞かせてもらうことにしよう」
「皮肉?」と彼女が言った。
「皮肉以外のなにものでもない」
シャーロットは笑った。「それでも話すのを止めないからね」と言った。
その時、後ろから馬の蹄の音が聞こえてきた。
通行人だろうか。蹄が鳴る間隔の狭させで、急いでいるのが解った。
シャーロットは道の端へ寄り、キートンは振り返った。
どうやら、そうすんなりとは行かせてくれないらしい。
馬に乗っていたのは、グレッグだった。左手で縄を持ち、右手には銀の槍を持っていた。ぴかぴかに磨かれているのが解った。表情を険しくしているのも解った。
「だれ?」とシャーロットが言った。
「騎士さまだ。友達ではないのは確かだな」
シャーロットは驚きの表情を見せていた。
グレッグは道を塞ぐようにキートンの前方までくると、縄を引っ張り馬を止めた。馬は前足を上げ、鳴き声を上げる。
グレッグは、キートンを見下ろした。ママに不満がある少女のように唇を尖らせていた。
「こんな朝早くから乗馬の練習か」とキートンは言った。
「そう見えるのなら、あなたはとても愉快な頭をしている」
キートンはにっと笑った。「違いない」
グレッグは馬から下りると、馬の尻を叩き、草むらの方へやった。
「やはり、生きていたか」
グレッグはシャーロットを見ながら言った。シャーロットはさっと顔を伏せた。
キートンはシャーロットを庇うように、一歩前へ踏み出した。
「やはり、ということは気づいていたのか」
「ええ、事件があったと聞いた時から怪しいと思っていました。針金とネジで鍵を解除したらしいが、素人がそんなもので開けられるはずがないし、小屋に火種と油が置いてあったのも、不自然だ。誰かが小屋に忘れたらしいが、そんなものを小屋に持ち込む意味が解らない。死体だって焼けてしまったら判別できなくなる。皆はその女であると信じて疑ってなかったが、僕は違う。まさか、エンニオさんがこんなことをするとは……」
「そこまで知っているのか」
「あの状況ならエンニオさんしかありえないでしょう」
「だが、今更君がシャーロットは生きているとわめき散らしても、誰も信じてくれないだろ。騎士団長も、シャーロットが火を放ったと証言している。戯れ言だと笑い飛ばされるだけだ」
「それもそうです」とグレッグは言った。「だから、女の身柄を拘束して連行します。これで信じてくれるでしょう」
「どうしても?」
「どうしてもです」グレッグは口調を強めて言った。
「なら俺だって抵抗するぜ。笑顔で手を振り、シャーロットを見送るわけにはいかない」
グレッグは背筋を正し身構えた。「抵抗するなら殺す。模擬戦で僕に負けたことを覚えてないのか」
「君の言うように愉快な頭をしているんだ。そんなこと忘れてしまったよ」
キートンはそう言うと笑った。グレッグはむっとしたように顔をしかめた。若くして自信があるゆえ、挑発には弱いようだった。しかし、自信があるのは悪いことではなかった。自信がなければ女を口説くこともできない。
グレッグは槍を構え、足を開いた。
シャーロットは顔を青くさせながら言った。「キートンさん……」
「大丈夫。また木のそばにでも立って、俺を待っていてくれ」とキートンは言った。
シャーロットは数秒間キートンを見つめると、静かに頷いた。悲しげな表情をしていた。そして、シャーロットはお気をつけてと言葉を残すと、名残惜しそうに離れていった。
やはりシャーロットの言葉は心を揺さぶった。
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